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北太平洋新調査捕鯨計画の国際法違反(国際法上の脱法操業)の可能性について:専門家パネル勧告と調査計画最終案 [クジラ]

現在商業捕鯨は日本も加盟する国際捕鯨委員会(IWC)の下で行うことが許されていませんが、同委員会を設けた国際捕鯨取締条約では、第8条で「締約政府は、同政府が適当と認める数の制限及び他の条件に従って自国民のいずれかが科学的研究を目的として(for purposes of scientific research)鯨を捕獲し、殺し、及び処理することを認可する特別許可書をこれに与えることができる」と定めています。

但し、南極海捕鯨事件判決で国際司法裁判所(ICJ)は、「要請された特別許可に基づく鯨の捕獲、殺害及び処理が科学的研究を目的としたものか否かは、当該(=捕獲許可を発給した)締約国の認識にのみ委ねることはできない」と、科学研究目的の捕獲許可発給は発給国の一方的判断にのみよるのではないと、判示しています。
ICJ, Whaling in the Antarctic (Australia v. Japan: New Zealand Intervening), Judgement of 31 March 2014, p. 28, para. 61.

ICJでは、当該捕獲許可が第8条に合致するためには、それが客観的に(1)「科学的であること」と(2)科学的研究を目的としたものでなければならないとしており、科学的研究を目的としたものと言えるためには、 調査計画案と実際に行われた調査の種々の要素が、調査計画で謳われている目的に照らして合理的か否かで判断すべきである、と判示しています。

この判決を日本は受け入れており、国際捕鯨委員会でも、調査捕鯨計画については上記判決を組み込んだ評価を行う旨決議しています。

したがって、捕獲頭数等が調査目的に照らして客観的に合理的か否か、国際法上合法であるか(つまり国際法上の脱法操業となっていないか)については、国際捕鯨委員会及びその下部組織である科学委員会での加盟国及び科学者の評価が重要な意味を持つことになり得るでしょう。

日本は今年より北太平洋での新調査捕鯨計画(NEWREP-NP)を実施しますが、これについては2017年1月30日から2月3日に開催されたNEWREP-NP評価のためのIWC科学委員会独立専門家パネルでは、日本政府側の提示した捕獲頭数等に対して調査目的から合理的に説明ができないと事実上全面否定する判断を下したことから、これを受け日本側は調査計画を一部修正しました。
細目については拙ブログ「北太平洋新調査捕鯨計画:IWC科学委での賛否動向について」(http://y-sanada.blog.so-net.ne.jp/2017-06-11)に表を掲載しましたが、以下、主要な論点につきIWC科学委専門家パネル報告の主旨と、これを受け日本側がどのように修正したか見てゆくことにします。

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まず、日本側が当初案で提示した「ミンククジラ合計174頭、イワシクジラ合計140頭」という捕獲頭数について専門家パネルは、この頭数は科学的・合理的にその正当性は立証されない、と全会一致で判断しました。なぜこの頭数であるのか、目的に照らして合理的とは言えない、というものです*。

* IWC, “Report of the Expert Panel Workshop on the Proposed Research Plan for New Scientific Whale Research Programme in the western Pacific (NEWREP-NP),” SC/67A/REP/01 (2017), pp. 39-31.


特にに問題とされたのが、太平洋でのミンククジラの捕獲頭数が沖合と沿岸で大きく異なっていることでした。当初計画では下図の「7CS」と「7CN」という黄色に塗った海域で100頭、「11」という肌色に塗った海域で47頭、「7WR」「7E」「8」及び「9」という水色に塗った海域で27頭を捕獲する計画となっています。
NEWREP-NP map 2.jpg

しかしこの図からもわかる通り、水色のエリアで27頭しか捕獲しないのに、沿岸のごく限られたエリアで残りの147頭を捕獲するということになっています。これは余りにアンバランスで科学的な説明がつかない、というのが専門家パネルの全員一致の見解でした。

これを受け、沖合海域(上記図で水色に塗られた海域)を27頭から43頭に増やし、三陸・釧路沿岸(上記図で黄色に塗られた海域)を100頭から80頭に引き下げました。

これは、当初案では沿岸域(7CS・7CN)75%、沖合域(7WR・7E・8・9)25%の比率で捕獲枠を配分していたところ、最終案では沿岸域60%、沖合域40%としたことによります。

NEWREP-NP ミンククジラ捕獲頭数.jpg
【修正されたミンククジラの捕獲予定頭数。網走沿岸域(海域11:肌色部分)は47頭、釧路・三陸沿岸部分(海域7CS・7CN:黄色部分)は80頭、北太平洋沖合(海域7WR・7E・8・9:水色部分)は43頭である。】

サンプル数の算定根拠は以下のようになっています。

ミンククジラ太平洋側(海域7~9)
当初案
① 成熟したO個体群の雌クジラ加入が10年間で30%変化したことが分かるためのサンプル数として計算し、107頭と算出。
② 沿岸域(7CS・7CN)75%、沖合域(7WR・7E・8・9)25%の比率で配分すると、沿岸域80頭、沖合域27頭
③ 沿岸域にはJ個体群が20%混交するためその分上乗せし、沿岸域100頭、沖合域27頭、合計127頭

http://www.jfa.maff.go.jp/j/whale/attach/pdf/index-3.pdf
【Government of Japan, “Proposed Research Plan for New Scientific Whale Research Program in the western North Pacific (NEWREP-NP), pp. 25, 109-130.】

最終案
① 成熟したO個体群の雌クジラ加入が10年間で30%変化したことが分かるためのサンプル数として計算し、107頭と算出。
② 沿岸域(7CS・7CN)60%、沖合域(7WR・7E・8・9)40%の比率で配分すると、沿岸域64頭、沖合域43頭
③ 沿岸域にはJ個体群が20%混交するためその分上乗せし、沿岸域80頭、沖合域43頭、合計123頭

http://www.jfa.maff.go.jp/j/whale/attach/pdf/index-6.pdf
【Government of Japan, “Research Plan for New Scientific Whale Research Program in the western North Pacific (NEWREP-NP), pp. 27, 111-147.】


専門家パネルでは、そもそもクジラ加入が10年間で30%変化することが、捕獲枠の改善にどの程度資するのか、定量的な説明がなされていないため、ゆえにこのサンプル数の算定根拠は正当化されない、と判断しました。

これに対して日本側は、専門家パネルに応えて定量的な根拠を示すのではなく、クジラの加入の変化が捕獲枠の改善に資することは疑いがなく、また他の国際漁業管理機関で同様のデータを用いている、との反論を行いました。したがって、更なる算定根拠の正当化を求める専門家パネルの勧告は拒否されたかたちとなりました。
比率が60%対40%にした根拠については、最終報告書においてその詳細についての言及は見当たらないように思われます。


また、今回の新北太平洋調査捕鯨では、沿岸については、①30カイリまでは直線状のあらかじめ定められた航路を走るが、②30カイリを超えて航行してもなお予定の頭数のクジラを捕獲することができなかった場合、あとは自由に動き回ってクジラを捕まえて構わない、という計画になっています。また、30カイリ以内で1頭捕獲できた場合は陸揚げするため港に帰り、帰る途中でクジラを発見したら、これを捕獲しても構わない、ともなっています。

NEWREP-NP coastal vessels .jpg
【沿岸の調査捕鯨の航路イメージ。調査捕鯨船は30カイリまでは決まった直線コースを走るが、30カイリの直線コースで所定の頭数を捕獲できなかった場合は、自由に航路を設定して捕獲することができる。この図で調査捕鯨船a・b・dは30カイリに到達しても所定の頭数を捕獲できなかったため、自由に航路を変更している。cは30カイリ内で1頭捕獲できたため、港に帰ろうとしている。Government of Japan, “Proposed Research Plan for New Scientific Whale Research Program in the western North Pacific (NEWREP-NP),” p. 82.】

これについて専門家パネルは、これではサンプルの代表性が保てず、科学的に正当化されない、と全員一致の判断を下しました。
これについて日本側は、自分たちが調査で得ようとしているのは統計学的な捕獲時の年齢解析のために必要な年齢データであるが、これについてはランダムサンプリングは必要がないと反論し*、結果として、沿岸域について「30カイリを超えれば、自由に捕獲できる」とする調査計画の変更はなされませんでした。したがって、専門家パネルの勧告は受け入れが拒否されたかたちとなりました。

* IWC, “Report of the Expert Panel Workshop on the Proposed Research Plan for New Scientific Whale Research Programme in the western Pacific (NEWREP-NP),” SC/67A/REP/01 (2017), p. 70.

最後にイワシクジラについて、自然死亡率の推定を行うためとして、140頭の捕獲を行うと当初計画で提案しました。

これに対して専門家パネルは、イワシクジラを140頭捕獲採集することで、どの程度の捕獲枠の精緻化が図られるのか、それを数値としての具体的な論証がなされていないとして、この頭数の捕獲が必要であることの論証に失敗しているとの判断を、やはり全会一致で下しました。

これに対する日本側の対応ですが、IWC科学委員会位の後日本側が提出した最終的な調査計画では、イワシクジラについてはやはり捕獲頭数は134頭と6頭を減じていますが、その算定根拠を示した説明書(Annex 16)も、当初案と概ね変わらないものとなっています。したがって、専門家パネルの勧告は受け入れが拒否されたかたちになりました。


次回の国際捕鯨委員会は来年ブラジルで開催予定ですが、専門家パネルの勧告の上記部分については少なくとも受け入れを事実上拒否した北太平洋新調査捕鯨計画は、相当程度の議論を呼ぶことになることが予想されます。

IMG_0203.JPG
【昨2016年スロベニアで開催されたIWC隔年会合の模様。筆者撮影】

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