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海産種とワシントン条約及び日本の対応 [国際会議]

 本日(6月9日(日))上智大学で開催の環境法政策学会第六分科会「地球環境ガバナンスとレジームの変動―CITES の発展・変容と日本の国内実施」での拙発表「海洋生物資源の持続可能な利用とCITES及び日本の対応」のパワーポイント資料はここをクリックするとダウンロードできます。ご参考までに。

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【ワシントン条約第17回締約国会議(2016年・於ヨハネスブルク)の模様】

 なお、発表の原稿は以下の通りです。

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海洋生物資源の持続可能な利用とCITES及び日本の対応

早稲田大学地域・地域間研究機構 真田 康弘


1.はじめに
 2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」での持続可能な開発目標(SDGs)では、水産資源を最大持続生産量のレベルにまで回復させるため、2020年までに漁獲を効果的に規制することが謳われているなど、海洋水産資源の持続可能な利用は国際社会における喫緊の課題と位置付けられている。その一方、国連食糧農業機関(FAO)によると、世界の漁業資源のうち約3分の1は乱獲状態にあると推定されており(FAO 2018, pp. 39-40)、資源管理は十全な成功を収めてはいない。
 こうしたなか、野生動植物の輸出入管理等を行うワシントン条約(Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora: CITES)の附属書、なかでも附属書Ⅱに海産種を掲載し、その保全と持続可能な利用を図る動きがとりわけ2000年代から活発化している。そこで本発表では、CITESにおける海産種規制について概括したのち、附属書掲載の動きが活発化した背景を分析するとともに、日本の海産種附属書掲載提案に対する対応及び今後の展望について検討を加えるものとする。

2.CITESと海産種の規制
 CITESでは条約本文に「いずれの国の管轄の下にない海洋環境において捕獲され又は採取された種の標本をいずれかの国へ輸送すること」を「海からの持込み」としてこれを規制すること、事務局が海産種の附属書改正提案を受領した場合、当該海産の種に関連を有する活動を行っている国際機関と協議し、当該機関の表明した見解及び提供した資料を締約国に通告する旨規定する(第15条2項(b))など、当初より海産種についての規定を設け、輸出入のみならず公海で漁獲された種の管理を行う旨定めている。条約採択時点においても、シロナガスクジラ(附属書Ⅰ)などの一部の鯨類やマナティ(附属書Ⅰ)、シーラカンス(附属書Ⅱ)などの海産種、及びバルチックチョウザメ(附属書Ⅱ)といった遡河性魚種を附属書に掲載していた。
 1976年に開催された第1回締約国会議(COP1:以下「締約国会議」を「COP」と略称)ではトトアバが附属書Ⅰに掲載されたが、以降は海産魚類に限るとCOP8(1992年)での大西洋クロマグロ(スウェーデン提案)と大西洋ニシン(ボツワナ、マラウイ、ナミビア、ジンバブエ提案)まで附属書への新たな魚種の掲載提案はなく、上記提案も撤回されたため採択に至らなかった。COP1のトトアバ以降海産魚種として1990年代までに附属書掲載・格上げされたのは、シーラカンスの附属書Ⅰ格上げ(COP7)、チョウザメ目の附属書Ⅱ掲載(COP10)にとどまった。
2000年代に入ると海産種の附属書掲載が活発化する。ジンベイザメとウバザメ及びタツノオトシゴの附属書Ⅱ掲載が2002年のCOP12で採択、2004年のCOP13では前回掲載が見送られたナポレオンフィッシュもコンセンサスで附属書Ⅱ掲載が採択された。2007年のCOP14では、ヨーロッパウナギの附属書Ⅱ掲載(EU提案)が賛成多数で可決されている(表1参照)。

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【表1:附属書掲載海産魚種】

3.サメ・エイ提案の増加
 上記の魚種以外としては、近年とりわけサメ及びエイの附属書掲載提案の増加が顕著である。サメについては1994年のCOP9で決議が採択(Conf. 9.17)、1997年のCOP10ではノコギリエイの附属書Ⅰ掲載が米国から提案された。CITESとも密接な関係を有するIUCNでは1991年、種の保存委員会(Species Survival Commission: SSC)の下にサメ専門家グループ(Shark Specialist Group: SSG)が結成され、1996年の第2回会合でアブラツノザメ、メジロザメ、ノコギリエイの附属書掲載提案を米国に働きかける旨の決議が採択されたことがその背景となっている(中野 1998年、3頁)。COP10ではノコギリエイ提案は反対多数で否決され、2000年のCOP11でもホホジロザメ(豪州、米国提案)、ジンベイザメ(米国提案)、ウバザメ(英国提案)の掲載提案がいずれも否決されたが、2002年のCOP12ではジンベイザメ(インド、マダガスカル、フィリピン提案)とウバザメ(EU提案)の附属書Ⅱ掲載が、採択に必要な3分の2以上の多数を得て可決されている。
 こうした掲載提案増加を受け、FAOは2004年のCOP13に際し、商業的に利用される水産種について専門家パネルを設置し、個々の提案が附属書掲載基準を定めた決議(Conf. 9.24(Rev. CoP17))の生物学的基準に合致するか否かを検討し、掲載に関する勧告を行っている。この専門家パネルによる評価手続きは両機関の協力に関する了解覚書(MOU)が2006年にCITESとFAOにより公式化され (FAO and CITES 2006)、以降の締約国会議に際しても専門家パネルが提案を評価している。提案についてはCITES事務局も賛否の評価を行うほか、IUCN / TRAFFIC等も提案分析を行っている。これらと日本並びにEUの態度及び表決結果は右表2の通りである。

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【表2:FAO専門家パネル設置以降の商業的利用水産種掲載提案】

4.附属書Ⅱ活用の背景
 海産魚種を附属書Ⅱに掲載する2000年代からの動きは、以下の理由により活発化したと考えられる。
第一は、海産魚種を扱う既存の地域漁業管理機関(Regional Fisheries Management Organizations: RFMOs)における資源管理を補完し、強化するため、というものである。RFMOsは特定の海域あるいは魚種を対象として公海を回遊する、あるいは複数国の排他的経済水域に跨って生息する資源の管理を行っているが、海域あるいは魚種ごとに分かれて存在しているため統一的な管理がなされていない。また混獲種として副次的に管理の対象とされているものについてはとりわけ十分な保全措置が取られていない場合が存在する。例えばサメに関しては、中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)、全米熱帯まぐろ類委員会(IATTC)、大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)、インド洋まぐろ類委員会(IOTC)で、船上に保持したサメの完全利用や、ヒレだけを切ってその他を投棄する「フィンニング(finning)」を抑止するため、最初の水揚げ時点でヒレの重量が船上のサメ類の総重量の5%を超えない旨を規制する措置が共通して定められているが 、船上保持及び水揚げ規制については個々のRFMOごとに対象魚種が異なっている。また上記「5%規制」については科学的根拠に乏しいことから、フィンニング禁止のため水揚げ時点までヒレを自然な形で胴体に添付させる等の規制措置が以前より提案されているが、マグロを主たる管理対象とする上記RFMOsは日本など漁獲国の反対があり採用されていない。RFMOsは管轄海域で漁業を行っている国を中心として構成されており、漁業国の力が相対的に強い。対してCITESは対象魚種を漁獲していない国も多数含まれ、環境NGOの影響力も強いことから、CITESへの「フォーラム・ショッピング」が起こっていると捉えることができる。加えてタツノオトシゴやウナギについては管理するRFMOsがそもそも存在していない。こうした管理上の欠缺を埋めるためとして、CITESの附属書Ⅱ掲載を通じて持続的な資源管理の利用を促進する動きが活発化してきたと考えられる。
 ワシントン条約では締約国は「管理当局(Management Authority)」及び「科学当局(Scientific Authority)」を指定することが義務付けられており、輸出許可に際し、輸出国の科学当局が当該輸出が当該種の存続を脅かすこととならない(not be detrimental to the survival of that species)と助言を行う必要がある(第4条)。この助言は「無害証明(non-detriment finding: NDF)」と呼ばれる。NDFの判断は輸出国政府に委ねられているが、NDFに疑いのある締約国については下部委員会である動物委員会及び常設委員会での手続きを通じて調査を行い、対象国に是正措置を勧告する「顕著な取引のレビュー(Review of Significant Trade: RST)」という制度が締約国会議決議をベースに設けられており、もし是正措置が取られなかった場合は最も重い場合で全締約国に対しRST対象国との附属書掲載種の取引停止勧告を行うことができる 。この措置はあくまで勧告にとどまり、締約国は取引停止を実施する法的義務はない。しかし1985年から2013年にかけて43カ国に対して全てのワシントン条約掲載種商取引停止勧告がなされたが、うち8割以上については、非遵守国が必要な措置を行ったとして同取引停止勧告が1年以内に解除されている(Sand 2013, pp. 255-256)など、RSTは履行確保のための有効な手段として機能していると指摘されている。こうした履行確保メカニズムの整備に伴い、附属書Ⅱが野生動植物の保護と持続可能な利用のための有効なツールとして活用が活発化してきていると考えられる。
 附属書掲載提案は、例え採択されない場合であったとしても、それを一つの梃子として利用し、RFMOsでの保全管理措置の改善を促すツールとしても用いられる。その一つの例と言えるのが大西洋クロマグロである。同魚種については1992年のCOP8でスウェーデンより附属書Ⅱ掲載が提案されたことがあるが、2000年代後半に入り過大な漁獲枠とIUU漁業による乱獲が強く認識されるに至り、当該魚種を管理するICCAT科学委員会は2006年、現在の漁獲量がMSYレベルの3倍にものぼるとし、15,000トン程度の漁獲に制限するよう資源強化措置を求めた。同年のICCATでは2010年に25,000トンへ漁獲枠を削減、翌2007年のICCATでは09年と10年の漁獲枠をさらに2割削減する措置を採択したが、これでは保全管理措置として緩慢としてモナコが2009年、翌10年に開催されるCOP15に同魚種の附属書Ⅰ掲載を提案する旨発表した。掲載提案は反対多数で否決されたが、この動きに危機感を覚えたICCAT加盟国は規制の大幅強化に着手、2011年の漁獲枠は12,900トンにまで削減、巻網解禁漁期を1か月に限定するなどの措置の採択に成功した。この結果資源回復が図られ、2017年ICCATでは漁獲枠を段階的に増やし、2020年には36,000トンにする措置が合意されている。
マゼランアイナメに関しても類似のケースとして挙げることができる。同魚種は「南極の海洋生物資源の保存に関する委員会(CCAMLR)」で規制が行われてきたが、IUU漁業による乱獲が指摘され、2002年のCOP12にオーストラリアよりライギョダマシとともに附属書Ⅱ掲載が提案された。CCAMLR加盟国の多くが強く反対したため提案は撤回されたが、これを契機としてCCAMLRではIUU漁業抑止のための漁獲証明制度の改善などが行われた(Vincent et al. 2014, p. 14)。
第二に、附属書ⅠではなくⅡの掲載への海産種掲載提案は、「持続可能な利用」概念の主流化とともに、この会議に参加する多くの参加国及びNGOにとって広く受入れ可能であり、支持が得られやすいという点が挙げられる。1992年の地球サミット及びリオ宣言等における「持続可能な開発」概念の国際社会における広範な受容、1992年のCOP8における、種の生存を脅かさない水準であれば商業的利用が地域の開発に寄与するとの決議の採択 、掲載基準が曖昧で格下げを困難にしていた「ベルン基準」に代わる「フォートローダーデール基準」の採択(COP9(1994年))、生物多様性条約で採択された「生物多様性の持続可能な利用のためのアジス・アベバ指針及びガイドライン」のCITESへの適用(COP13(2004年)) 、「野生動植物の国際取引が持続可能な水準で行われるよう条約の機能を向上させること」を目的の一つと謳う戦略ビジョンの採択 等、「持続可能な利用」がCITESの中心的理念の一つして位置付けられた。その一方、商業的利用の利益を認識した決議を採択したCOP13では同時に是正措置勧告や取引停止勧告を含め是正措置を定めた決議を採択 、これがRSTプロセスの整備に繋がっている。「附属書Ⅱへの掲載を通じIUU漁業を排し持続可能な利用を図る」との保全主義的フレーミングは環境NGOの影響力の強い欧米のみならず当該資源の生息国・利用国にも受け入れ可能であり、2013年のCOP16では漁獲国(ブラジル、コロンビア、メキシコ)ないし生息国である中南米諸国を中心にシュモクザメの附属書掲載提案が行われ(CITES 2013, pp. 13 - 19)、2016年のCOP17でのサメ、エイ提案についてもEUや中南米諸国に加えてクロトガリザメの主要漁獲国であるスリランカ(2014年時点でFAO統計で漁獲量世界第2位)(CITES 2016, p. 22)等がリードするかたちで推進されている。COP13に参加した仙波が述べるように「漁業国においても、サメ類の乱獲が自国周辺海域の生態系に負の影響を及ぼすのではないか、との懸念が広がっている」点も指摘されよう(仙波 2016年、168頁)。アフリカゾウや鯨類の問題では保存主義的立場を取るAWI(Animal Welfare Institute)やHSI(Humane Society International)などの団体も、豊富な財政資源を背景にサメ・エイ提案を推進してきたピュー財団(Pew Charitable Trusts)等の附属書Ⅱ掲載イニシアティブに対し同調・支持する立場を取っており、欧米各国、生息国、環境NGOの広範な支持が得られている。
第三は、サメ・エイ提案については、アフリカゾウに対して国内市場閉鎖決議案を前回のCOP17(2016年)で推進した「アフリカゾウ連合(African Elephant Coalition)」加盟諸国との緩やかな連携関係が成立している点である。2008年の結成当初19か国であった加盟国は現在32カ国にまで増加しており、COP17ではアフリカゾウ連合加盟の一部の国々がサメ・エイ提案の共同提案国に名を連ね、採択に必要な3分の2を大幅に上回る形での可決に成功した(図1参照)。下部委員会の常設委員会でも近年アフリカゾウ連合諸国が海産種問題について保護の必要性を強調した発言を行っており、海産種を支持する国やNGOとの緩やかな連携関係の下、発言の分担などが行われている 。

サメ提案提案国数.png
【図1:海産種サメ・エイ提案の提案国数(左目盛)及び賛成率(%:右目盛)】


5.日本のCITES海産種への対応
 日本は1980年にCITESに加入したが、その後も附属書Ⅱ掲載種に義務付けられている「輸出許可書」を発行せず「原産地証明書」で済ませるなど、条約を十分に履行する姿勢に欠けていた(阪口 2011年、33頁)。このことは内外NGOからの強い批判を招き、こうした対外的圧力を受ける形で徐々に日本は条約履行への取組みを改善するとともに、クジラ以外の附属書への留保種を取り下げた。
地球サミットでの「持続可能な開発」の主流化は、これまでの受身一本の姿勢から日本がCITESで積極的な外交を展開する素地を提供した。日本は象牙の全面取引禁止を主張する保存主義と対置する立場を鮮明にし、アフリカゾウの附属書Ⅱへの格下げを積極的に支持、取引解禁に成功した。海産種では1997年のCOP10から2004年のCOP13まで鯨類の附属書ⅠからⅡへの格下げ提案を行い、採択には失敗したものの過半数に迫る支持票を獲得した。
 日本は附属書掲載基準の改定にも積極的に貢献した。1994年に採択されたフォートローダーデール基準はIUCNの掲載基準に概ね即しているが、陸上動物と海生生物を同一の基準で扱っている。これでは商業的に漁獲の対象とされている魚が水産資源学的には持続的な水準で利用されているにもかかわらず、CITESでは附属書Ⅰの掲載基準を満たす場合が出てくる可能性がある。このため南アの提案によりFAOを中心に水産種についての基準策定が進められ、2004年のCOP13でコンセンサス採択された(CITES 2004, p. 3)。FAOを通じた水産種基準策定過程には日本からも多くの研究者。専門家、官僚が参加し、国内でも検討会議が何度も開かれ、基準にはその検討結果の多くが反映されている(金子 2016年、20頁)。
 日本はFAOとCITESとのMOU締結にも中心的役割を担っている。日本はFAOやRFMOsの関与を最大化するため、商業的に利用される水産種の附属書掲載に際しては事前にFAOあるいはRFMOsの承認を得る旨の文言を推進した(Young 2010, p. 474)。この試みは成功しなかったが、が、CITES事務局はFAO専門家パネルの評価結果を「最大限可能な限り尊重する(respect, to the greatest extent possible)」旨規定された(FAO and CITES 2006)。MOU締結に先立ち2004年のCOP13よりFAO専門家パネルの評価が開始されたが、以降日本は附属書掲載基準を満たさないとFAOパネルが評価したものについては反対する一方、FAOが掲載基準を満たすとしたノコギリエイとヨーロッパウナギにはいずれも賛成している。
 これに変化が生じたのは2010年のCOP15からである。商業的利用水産種について検討したFAO専門家パネルは多数意見として大西洋クロマグロの附属書Ⅰ提案は附属書掲載基準を満たすとの判断を下し、ヨゴレとアカシュモクザメ、ヒラシュモクザメ及びシロシュモクザメも掲載基準を満たしているとの判断を下した。しかし日本は漁獲国のリビア等とともに連携し大西洋クロマグロの採択阻止に尽力、反対多数で否決することに成功し、ヨゴレ、シュモクザメ提案にも反対した(いずれも3分の2の多数を得られず否決)。以降日本はCITESではFAO専門家パネルの評価結果にかかわらずほぼ一切の附属書掲載提案に反対するとの立場を取っている(表2参照)。また掲載された海産種についても、日本の漁獲の多寡やこれに伴う経済的利害関係の有無にかかわらず、鯨類10種とともに一切のサメ(計10種)及タツノオトシゴについて留保を付している。この結果、留保数はパラオ、アイスランドに次ぎ締約国のなかでは3番目に多い。海産種掲載提案には一貫し反対している中国が一切の留保を付していないのと対照的である(図2参照)。

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【図2:附属書留保数】

 確かに締約国はFAOの勧告を自国の都合に合わせて戦略的に利用する傾向が見受けられ(Cochrane 2015)、CITESでの附属書掲載に積極的なEUにしてもCOP13でのヨーロッパシギノハシガイの他、COP17でのクラリオン・エンジェルフィッシュについて、FAO専門家パネル・CITES事務局ともに提案に反対したにもかかわらず提案を支持している(表2参照)。しかしEUは2013年のCOP16ではFAO専門家パネル・CITES事務局ともに反対を勧告したマユゲエイとポタモトリゴン・モトロの附属書掲載提案に反対を表明、提案は否決に追い込まれており、両種以外でFAO専門家パネルとCITES事務局双方が反対する提案に賛成の態度を取ったことはない。
 「政治的価値」「外交政策」は誘因力を有し得るソフトパワー資源の一つであり(Nye 2011, pp. 84 - 87)、説得力ある主張はCITESではとりわけ附属書掲載提案種について直接の利害関係を持たない国々の賛否を決定する要因となっている(Gehring and Ruffing 2008)。締約国の幅広い支持に基づき設けられた「FAO専門家パネル等による科学的知見の尊重」という主張に基づく外交政策は、日本がCITESで有する数少ないソフトパワー資源と言える。しかるに自らその主張と相反する行動を取ったことは、日本の主張は便宜主義的なものに過ぎないと他国に見なされ、主張の正統性を損なわせ日本に対する不信感を増大させる結果に繋がっている。阪口が指摘するように、「ワシントン条約がFAOの働きかけを受けて構築してきた水産種提案の「正当なプロセス」……を日本がCOP15で完全に無視する姿勢をとったことは致命的であった」と言える(阪口 2019、262頁)。
 日本に対する不信感は2017年に開催された常設委員会の審議でも端的に表れている。この場で日本は附属書掲載提案に関するFAOやRFMOsからのインプット強化の検討を趣旨とした内容的には一見当たり障りのない提案を行ったが(Government of Japan 2017)、保存主義的NGOのみならず保全主義的な立場を取るWCS等も強く反対を表明、CITESで強い影響力を有するある保全主義的NGO代表も「この提案は極めて危険」と全く取り合う姿勢を示さなかった 。審議の場で支持を表明したのは中国のみで、現行のMOUに基づく手続きを変更する必要はないとの声が圧倒的多数を占め、日本提案は受け入れられなかった。同年の常設委員会では日本が留保を付していない北太平洋のイワシクジラの水揚げが「海からの持込み」規定に違反しているとの強い批判も受けており、象牙の国内市場閉鎖問題と併せ、日本に対するNGO、各国代表の評価は厳しい。

6.今後の展望
 2019年に開催が予定されているCOP18に向け、55の締約国がアオザメを、53カ国がギターフィッシュを、62カ国がウェッジフィッシュをそれぞれ附属書Ⅱへの掲載を提案している 。共同提案国数は他と比べてずば抜けて多く、うちアオザメには13カ国、ギターフィッシュとウェッジフィッシュには14カ国のアフリカゾウ連合諸国が共同提案国に名を連ねている。現在のCITESでのトレンドを鑑みた場合、サメ・エイ提案が採択される可能性は少なくないと考えられる。
 現在のところアフリカゾウ連合32カ国うち共同提案国となっているのは半数程度であり、サメ・エイ提案推進側との極めて強固なアライアンスが形成されるまでには至っていない。議題が相互にリンケージされないことは附属書掲載提案が附属書掲載基準により判断され、科学的知見や科学的勧告により即したものとなることに資するが(Gehring and Ruffing 2008, pp. 136-137)、逆にサメ・エイ提案推進側とアフリカゾウ連合の連携が強化された場合、サメ・エイ議案とアフリカゾウ議案の票のリンケージとポジションの固定化、附属書掲載基準やFAO・事務局の勧告に基づかない政治的判断を促進することにもなり得る。国内市場閉鎖決議の採択など、アフリカゾウ問題ではややもすると保存主義的傾向が強まりつつあるが、この傾向が海産種にも波及しかねない。この傾向を抑止するため、日本としては附属書掲載提案についてはFAOの勧告に即した投票行動を取ることが強く期待される。留保種についてもできる限り取り下げ、日本がCITESのルールに即した行動を行っていることを示す必要があるだろう。他国に範を示すとともに、他国に対しても附属書掲載に関してCITESでの掲載基準や科学的アセスメントに即した行動をとるよう促すためである。さらには、海産種のNDF策定作業等の議論にも積極的に参加し、CITESでのルールメイキングに貢献することが望まれよう。
 日本のCITESにおけるソフトパワー外交のためには、その資源となる科学的知見の強化も必要不可欠である。水産研究・教育機構でサメ研究に携わってきた中野自身が述べるように「商業的価値が低いサメ類についても漁獲情報を整備し、資源評価と適切な資源管理を行う必要」がある(中野 2008年、225頁)。日本側の科学的アセスメントが他国から政治的要請を排した中立・公平であるものと見なされるよう、アセスメントを担う水産研究・教育機構の組織・制度面での独立性の確保も望まれるであろう。

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