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新北西太平洋鯨類科学調査計画(NEREP-NP)専門家パネルレビュー [クジラ]

 今回は、『 IKA-NET NEWS』67号に掲載した日本の北太平洋新調査捕鯨計画についてのエッセイ「新北西太平洋鯨類科学調査計画(NEREP-NP)専門家パネルレビュー」をそのまま以下掲載しました。

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 新北西太平洋鯨類科学調査計画(NEREP-NP)専門家パネルレビュー
                                  真田康弘
 
 2017年4月、IWC科学委員会は日本が同年より実施を計画している新北西太平洋鯨類科学調査計画(New Scientific Whale Research Program in the western North Pacific: NEWREP-NP)に対する専門家パネル評価報告書を発表したが、その内容は調査捕鯨の継続を企図する日本政府側にとって極めて厳しいものとなった。新たな調査計画では捕獲予定頭数の算定根拠が不明確であるのみならず、なぜそもそも捕獲が必要なのかの立証すらも十分でなく、資源に対する悪影響が及ぶ可能性すら否定できないとして、これらについての問題が克服されない限り、致死的調査は行うべきではない、と新調査計画をほぼ全面否定するにも等しい判断を下したからである。
 では、なぜIWC科学委専門家パネルはここまで厳しい判断を下したのであろうか。本小論ではまず新調査捕鯨計画の概要を簡単に紹介した後、専門家パネルで指摘された主たる問題点につき検討を行い、最後に若干の考察を加えるものとしたい。

1. これまでの北西太平洋での調査捕鯨: JARPN II

 これまで北太平洋では、「第二期北西太平洋鯨類捕獲調査(Cetacean Studies in the Western North Pacific under Special Permit: JARPN II)」と呼ばれる調査捕鯨が、2000年と2001年の予備調査を経て2002年から2016年にかけて実施されてきた。毎年のサンプル数は、当初ミンククジラ150頭(沖合100頭、三陸・釧路沿岸50頭)、ニタリクジラ50頭、イワシクジラ50頭、マッコウクジラ10頭とされたが、2005年にはミンククジラのサンプル数が220頭(沖合100頭、三陸・釧路沿岸120頭)、イワシクジラは100頭に増やされた。しかし2014年、国際司法裁判所の捕鯨判決敗訴後、①沖合のミンククジラの捕獲を中止、②沿岸のミンククジラの捕獲頭数を120頭から100頭に縮小、③イワシクジラの捕獲頭数を100頭から90頭に縮小、④ニタリクジラの捕獲頭数を50頭から20頭に縮小、⑤マッコウクジラの捕獲を中止している。
 しかし、こうした捕獲頭数の削減は、ICJ判決のわずか十数日後に決定されており、科学的知見を十分に踏まえた判断とは考えにくい。加えて、判決直前の2013年における沖合でのミンククジラ実捕獲は3頭、マッコウクジラは1頭であり、サンプル数を操業実態に合わせただけとの疑念を拭い得ないものであった。2014年のIWC科学委員会の場で日本はサンプル数を減らした理由について、これは調査目的をJARPN II最大の目的とされる海洋生態系での鯨類の役割の究明と生態系モデルの構築に絞ったからだ、と説明を行ったが(1)、この説明に対して科学委員会は説明不十分として追加説明を求め(2)、JARPN IIについての評価を行ったIWC科学委専門家パネルも同様に、なぜ捕獲頭数を変更したのか、その明確な理由を提示せよ、との勧告を行っている(3)。これに対して日本側は、すでに科学委員会に提出した文書で説明は尽くされているとして(4)、サンプル数修正についての追加説明の努力を諦めざるを得なかった。
 JARPN IIで最大の研究目的とされていたのは、「クジラが多くの魚を食べていて、人間の漁業と競合しているはずだから、この関係を明らかにした生態系モデルを構築して、資源管理に役立てるのだ」というものであった。クジラと他の魚類等を巡る生態系モデルを極めて限定された種のクジラの研究だけで可能なのかという疑問は当初より提起されていたが、JARPN IIの結果をレビューした専門家パネルは、生態系モデリングというJARPN II最大の目的の達成度に関し「現段階ではモデリングの結果は戦略的(資源)管理への対処には適してはいないと本パネルは結論する。少なくとも現状において、鯨類や他の海洋生物資源ないし生態系の保全管理の改善をもたらすものとはならなかった(5)」とほぼ全面否定の評価を下している。

2. NEWREP-NP調査計画

 日本が南極海捕鯨裁判で敗訴した要因の一つとしては、南極での調査捕鯨でも生態系モデルの構築を調査目的と掲げていながら、実際はミンククジラの捕獲ばかりを行い、他の海洋生物の研究も、またモデル構築作業も怠っていた結果、論理的整合性のつかない主張をせざるを得ない結果に追い込まれてしまったことが挙げられる。JARPN IIレビューでも生態系モデルに対して全面否定に近い評価に直面した水産庁は、新調査計画でこの部分を断念せざるを得なくなった。この結果、主要調査目的を①日本沿岸域におけるミンククジラのより精緻な捕獲枠算出と、②沖合におけるイワシクジラの妥当な捕獲枠算出の2つに主たる調査目的を絞った新調査捕鯨計画案を策定、2016年秋に発表している(6)。
 IWCでは商業捕鯨が再開された場合「改訂管理方式(Revised Management Procedure: RMP)」というスキームにより捕獲枠の算定が行われることがIWCで合意されている。商業捕鯨の中止がIWCで決定された最大の原因の一つとして、捕獲頭数算定に必要な種々のデータに不確実性が伴うことから、捕獲枠に関するコンセンサスを得られなかったことが挙げられる。そこでRMPでは、種々の不確実性をシミュレーションとして組み入れつつ、①過去の捕獲頭数と、②現在の推定生息数、という2つのデータのみで捕獲枠を計算することが可能となっている。その一方、その他の補助的データをRMPのシミュレーションに組み込むと、より現実にフィットした精緻なモデルを構築することも可能である。致死的調査によってしか入手不可能なデータがRMPにおけるモデル構築の精緻化に役立つのであれば、調査捕鯨の正当性を科学的に裏付けることも不可能ではない。生態系モデルの構築という余計な「突っ込みどころ」をそぎ落とし、対外的にも説明可能なものとしようと試みたと言えよう。
 以下がNEWREP-NPの主たる調査目的(primary objectives)と二次的調査目的(secondary objectives)である。

① 日本沿岸域におけるミンククジラのより精緻な捕獲枠算出
(i) 日本沿岸域のミンククジラ日本海個体群(J-stock)の分布構造の解明
(ii) 日本沿岸域におけるJ個体群及びO個体群の資源量推定
(iii) 太平洋側O個体群に関し枝分かれした個体群が存在しないことの検証
(iv) 年齢データを用いてRMPを改善
(v) レジームシフトがクジラに与える影響について検討

② 沖合におけるイワシクジラの妥当な捕獲枠算出
(i) 北太平洋イワシクジラの資源量推定
(ii) RMP Implementationのための北太平洋イワシクジラの生物学的・生態学的パラメータの推定
(iii) RMP Implementationのための北太平洋イワシクジラの個体群構造に関する追加的分析
(iv) 北太平洋イワシクジラのRMP ISTsの具体化
(v) レジームシフトがクジラに与える影響についての検討

 捕獲頭数に関しては、①ICJ判決後中止していた沖合のミンククジラの調査捕鯨を復活し、27頭を捕獲、②沿岸ミンククジラの捕獲を100頭から147頭に増加、③イワシクジラの捕獲を90頭から140頭に増加、④ニタリクジラの捕獲は行わず、⑤マッコウクジラの調査捕獲も実施しない、との内容になっていた。
 以上の調査報告書を一読して筆者が気がかりに思ったのは、ミンククジラに関する捕獲枠が沖合が27頭であるの比べて沿岸分が147頭と突出して多い点であった。とりわけ三陸・釧路沿岸の極めて狭小な海域で100頭が捕獲予定である一方、それよりはるかに広大な沖合での海域の捕獲枠が27頭に過ぎない(図1参照)。商業捕鯨が再開できない沿岸捕鯨業者救済のために捕獲枠を手厚く取った一方、沖合はイワシクジラ主体に操業を行うという商業的・政治的見地から捕獲計画を立てた印象がぬぐえないものであった。
NEWREP-NP map 2.jpg
【図1:NEWREP-NP調査海域図。この図の海域7CSと7CNで100頭、海域7WR・7E・8・9の海域で27頭、海域11で47頭捕獲するという計画であった。Government of Japan, “Proposed Research Plan for New Scientific Whale Research Program in the western North Pacific (NEWREP-NP),” pp. 81, 84.】

3. NEWREP-NP専門家パネル報告

(1) 専門家パネルの構成

 専門家パネルは2017年1月30日から2月3日まで、日本鯨類研究所や共同船舶が所在する豊海振興ビルから徒歩僅か2分のところにある東京・豊海センタービルで開催された。専門家パネルはIWC科学委議長のCaterina Fortuna(イタリア)ら5カ国(米国6名、英国、イタリア、オランダ、ドイツ各1名)の計10名から構成された。パネルでは午前中に日本側より調査計画の説明と質疑応答が行われるオープンセッション(パネルメンバー、日本側、及びオブザーバーが参加)が開催され、午後はパネルメンバーのみでのクローズドセッションが開催され、調査計画及びパネル報告書の検討が行われるという形式が取られた。日本側提案者として水産庁(諸貫秀樹ら)、森下丈二IWC日本政府代表、東京海洋大(加藤秀弘、北門利英)、日本鯨類研究所、水産研究・教育機構の国際水産資源研究所等が参加した(7)。

(2) 調査の目的

 IWCでは「Annex P」と呼ばれる定める手続きに基づき、提出された調査捕鯨計画案に対するレビューが行われる。レビューは提出された調査計画が、鯨類及びその他の海洋生物資源の保全管理に貢献し得るか、致死的調査以外の代替手段はないか、等々といった観点から行われる。
 NEWREP-NPでの調査目的が鯨類資源等の保全管理に役立つのかという点に関し専門家パネルは、種々の注文を付けている。まず目的①(iv)及び②2(v)でレジームシフトが鯨類にどのような影響を与えるかが調査目的として掲げられている点について疑問を呈する。「レジームシフト」というのは海洋環境が数十年間隔で変化し、海洋生態系が大きく変化する現象のことを指す。確かに海洋環境の大幅な変化によって、クジラの食べる魚の量が大幅に変化し、それが捕食者であるクジラの生息数に対して影響を与えるということは理論的に想像することができる。しかし、NEWREP-NPの実施予定期間は12年間であるにすぎない。レジームシフトは通常数十年単位の変化であるため、12年の調査期間では多く見積もっても1回のレジームシフトがあるのがせいぜいということになる。調査期間に照らして合理性に欠くのではないかとの指摘である。専門家パネルは、これについては主たる研究目的として扱うのではなく、補足的なものにしたほうがよいであろうと勧告する(8) 。
 また日本側が今回主たる目的と主張するRMPへの貢献に関しても疑義を提示する。目的②(ii)のイワシクジラの生物学的・生態学的パラメータの推定はRMPによる鯨類の管理に最重要なものとは言えず、②(iii)の北太平洋イワシクジラの個体群構造に関する追加的分析についても、調査を通じて得られる新情報がRMP改善にどの程度寄与するのかが不明だ、と指摘している(9)。
 加えて、致死的調査の部分がNEWRE-NPで目指されている目的に寄与するかについて、①(i)のミンククジラ日本海個体群(J-stock)の時空分布という目的に関しては、これまでの調査捕鯨等で得られた既存のサンプルを利用して研究できることが多いはずであり、捕獲を通じて新たにサンプルを得ることによって個体群構造の解明に寄与する可能性は低いと指摘する。また①(iv) と②(ii)で目指されているRMP改善に関しても、既に多数のサンプルがあるのだから、新たなサンプル収集が上記目的に果たして貢献するのか不明だ、疑問を提起した。同様に②(iii)の北太平洋イワシクジラの個体群構造に関する追加的分析に関しは、致死的部分は鯨類の保全管理には有用でないと結論付けた(10)。

(3) 沿岸捕鯨のデザイン

 ミンククジラの捕獲頭数が沖合と沿岸でバランスを失していることについても専門家パネルは厳しい批判を行っている。まず前述したとおり、北太平洋沖合での捕獲頭数がたった27頭であるのに比べて三陸・釧路沿岸での捕獲頭数が100頭にものぼっており、これでは港の近くでの捕獲が過剰であると指摘する。
 さらに問題として指摘したのが、沿岸での捕獲が通例の鯨類の科学調査としては大きく異なっている点である。通常の調査では、偏りが生じないようにするため、予め決められたラインの上を調査船は航行し、原則としてここから外れることはない。ところが沿岸での調査では、確かに30カイリまでは調査船は決められた航路にそって航行するが、もしクジラに遭遇しなかった場合は、30カイリ以降はミンククジラを捕獲するため自由に船を動かしてよいという計画になっている(図2参照)。調査計画では「日本沿岸域のミンククジラ日本海個体群(J-stock)の時空分布」が調査目的になっているにもかかわらず、これではサンプルに偏りが出てしまい、この調査目的達成に対して重大な障害となってしまうではないか、と専門家パネルは批判する。「調査提案者は本件も徹底的に検討すべきであり、現行のデータ収集計画を妥当とする更なる根拠もしくは計画の修正案を提示せよ」と専門家パネルは事実上計画の見直しを要求した(11)。
NEWREP-NP coastal vessels .jpg
【図2:沿岸調査捕鯨船の航路。調査捕鯨船は30カイリまでは決まった直線コースを走るが、30カイリの直線コースで所定の頭数を捕獲できなかった場合は、自由に航路を設定して捕獲することができる。この図で調査捕鯨船a・b・dは30カイリに到達しても所定の頭数を捕獲できなかったため、自由に航路を変更している。Government of Japan, “Proposed Research Plan for New Scientific Whale Research Program in the western North Pacific (NEWREP-NP),” p. 82.】

(4) サンプル数

 新北太平洋調査捕鯨計画案の目的の一つが、捕獲によって耳垢を調べることによってクジラの年齢を特定し、このデータをミンククジラの捕獲枠算定に用いられるRMPに役立てることにより、捕獲頭数算定の精緻化に貢献するということにある。この目的を達成するためとして北太平洋三陸・釧路沿岸及び北太平洋沖合分として127頭の捕獲が必要であると日本側は主張する。127頭のミンククジラを捕獲して調査を行った場合、メスのミンククジラ1頭が子供を何頭産むかの割合が10年間で30%以上減少すれば、それを検知することができるからである、というのがその算定根拠とされた(12)。
 ところが、日本側はメスが子供を産む割合が10年間で30%減少したことを検知することができれば、どのように捕獲枠算定の精緻化に貢献することができるのか、その理由を提示していないと専門家パネルは批判する。確かにメスのクジラがどの程度の子供を産むかの割合の変化を知ることは、捕獲枠の算定の精緻化に役立つとの一般論は成り立つし、事実日本側はその旨の主張を行っている。しかしそのことと127頭の捕獲枠が必要であるとの論証は別の話であり、日本側は30%の変化がどの程度捕獲枠の精緻化に貢献するのか、具体的な数字を提示しての説明をどこにも行っていない。加えて、サンプル数は太平洋側の個体群は単一であるとの前提から算出されているが、新調査捕鯨計画での調査目的の一つは、太平洋側O個体群に関し枝分かれした個体群が存在するかしないかを検証することとなっている。これでは結論が前提に既に含まれてしまっていることになってしまう。以上の点等を鑑み、専門家パネルは「提案側は(北太平洋三陸・釧路沿岸での)サンプル数を論証できていない」と結論付けた(13)。
 他方イワシクジラのサンプル数に関して日本側は、このクジラの自然死亡率推定を算定根拠としている(14)。このデータを得られれば、新調査計画の目的の一つであるイワシクジラ捕獲枠算定の精緻化に貢献することができるからだとの理屈である。ところがこれについても、ではこのクジラを140頭捕獲採集することで、どの程度の捕獲枠の精緻化が図られるのか、それを数値としての具体的な論証がなされていない。従って専門家パネルはイワシクジラについても、やはりこの頭数の捕獲が必要であることの論証に失敗しているとの判断を下した(15)。

(5) 致死的調査の必要性

 致死的調査に代替する非致死的調査の一つとして世界で広く用いられるようになってきているのが、バイオプシー調査である。これは、「バイオプシー銃」からバイオプシーダートをクジラに放つなどの方法で皮膚の一部を採取し、これをDNA検査等に用いる方法である。クジラについてもバイオプシー調査は広く取り入れられつつあり、オーストラリアはこの方法で南極海のミンククジラ等の調査を行っている。
日本側はなぜこうしたバイオプシー調査では調査目的達成が不可能で、致死的調査が必要かについて以下のように説明する。すなわち、日本としてもバイオプシー調査を試み、確かにイワシクジラについては成功率が約5割程度であるが、俊敏に動くミンククジラの成功率は25%程度と低い。これに比較してミンククジラの致死的手法によるサンプル採取の成功率は6割以上である。非致死的調査は費用もかかり現実的でない、との理屈である。
 しかし専門家パネルはこれに納得しない。そもそも日本側の提出した文書によると、これまで非致死的調査が試みられたのは北太平洋のミンククジラは23頭にしかすぎず、調査自体の絶対数が極めて少なく、調査時間も足りていない。JARPA IIレビュー時に専門家パネルはバイオプシー調査に熟達した科学者を関与させるべきだと勧告したにもかかわらず、これも日本側は守っていない。日本は致死的調査ばかりに熱心で、非致死的調査を疎かにしておいて、それで「非致死的調査は現実的でない」というのでは到底納得できないとの理屈である。以上の観点から、専門家パネルは「バイオプシー調査が効率的なあるかどうか、もっときちんと評価せよ」との勧告を行った(16)。また、確かに年齢等一部のデータを入手するためには致死的調査が必要であり、こうしたデータが鯨類の保全管理の改善に貢献する可能性が理論上存在しているが、どの種のデータを集めればどの程度NEPRE-NPでの調査目的を達成することができるのか、定量的な評価を行うべきであるとの勧告を行っている(17)。

(6) 資源への影響

 専門家パネルは日本が実施しようとする調査捕鯨は鯨類資源に対する悪影響を与えるも排除できない、とも主張する。
日本側はミンククジラの資源に与える影響の分析に関して、日本周辺には日本海・黄海・東シナ海個体群(J ストック)とオホーツク海・西太平洋個体群(O ストック)の2つの個体群が存在するとの前提で行っている。ところが北西太平洋のミンククジラについてはさらにさらに個体群を分類できるとの仮説が存在しており、日本も個体群の同定をNEWREP-NPの目的の一つとしている。にもかかわらず日本側はこれらの前提を検討していない。加えて、たとえ日本側の個体群の数に関する前提に基づくとしても、Jストックが混獲等により減少する可能性が存在している。これは懸念すべき問題であると指摘したのである(18)。

(7) ロジスティクスとプロジェクト管理

 ロジスティクス面に関して日本側は、日本鯨類研究所では11名の科学者と2名の技術者がNEPREP-NPに携わるとともに、8つの研究機関や大学から約40名の科学者が関与することになるとして、調査は問題なく実施できる体制がそろっていると説明したが、専門家パネルは「これら日本鯨類研究所の研究者はNEWREP-NPだけに関与しているわけではなく、南極海の調査捕鯨NEWREP-Aやこれまで北太平洋で実施してきたJARPN IIの分析の完成にも携わるはずだ」と述べるとともに、JARPN IIの時から指摘していたことだが、日本はクジラを捕獲することにはやたら熱心だが、その捕獲したクジラを使っての定量分析やモデル構築作業が十分なされていない、事実  JARPN IIの文責すら未だ終わっていないではないかと批判する。
 以上に基づき専門家パネルは「NEWREP-NPの研究デザイン、データ分析、及びレビューの改善を行うための、十分高い訓練を受け有能な分析者・モデラーを雇用することを強く勧告する」と述べる(19)。現在の研究体制・人員では分析を行うに十分ではないとの強い批判と捉えられよう。

(8) 結論

 これら諸々の欠点として指摘した事項を総括するかたちで専門家パネルは、①致死的調査部分についてのサンプリング・デザインとサンプル数が十分正当化できていない、②追加的な年齢データが保全管理の顕著な改善に資するとの十分な正当化ができていない、③ミンククジラ捕獲が資源に与える影響についての評価(とりわけ、現在提案者が採用している方法を取った場合、幾つかのシナリオではJストックが減少することになる点)、の3点を主たる懸念事項と挙げ、以下の旨を述べる。

 「本パネルは、(NEPREP-NPの)主たる目的及び二次的目的が保全管理のために重要であると認めるが、その貢献度にはばらつきがある旨合意する。(NEPRE-NP)提案者の行った作業にかかわらず、以下の旨を結論する。(1)本調査提案は致死的サンプリングの必要性とサンプル数についてその正当性を十分に立証できてはいない。とりわけ、IWCにおける管理保全措置の改善にどの程度資するのかを定量的に立証できてはいない。(2)本調査提案の計画の基本的部分に欠陥がある(20)」

 以上を踏まえ、専門家パネルは、NEPREP-NPの致死的サンプリングを伴う部分については同パネル報告書で同定した点につき追加的作業を行い修正を加えるまで実施すべきでないとの判断を下した。

4. 結びに代えて

 NEPREP-NPに対する極めて厳しい判断に直面した日本側は2017年4月5日、計画の一部見直しを行う旨を明らかにし、5月に開催されたIWC科学委員会に対し、当初案でミンククジラ174頭とイワシクジラ140頭を捕獲する予定にしていたところ、ミンククジラ170頭とイワシクジラ134頭に修正した案を提出した。ミンククジラに関しては、沖合を27頭から43頭に増やし、三陸・釧路沿岸を100頭から80頭に引き下げている。このままでは捕獲頭数について到底合理的な主張をすることができないと判断したためであろう(図3参照)。
NEWREP-NP ミンククジラ捕獲頭数.jpg
【図3: NEWREP-NPでのミンククジラ捕獲予定頭数】

 しかし専門家パネルは捕獲頭数に関する問題にも含め計29項目の勧告を行っている。科学委員会は決定を多数決で行うわけではなく、日本側科学者も出席できるため、あくまで自らが「これで十分な説明はついている」と主張し続ければ、科学委員会としてのコンセンサスは得られず、調査捕鯨に賛成する意見が科学委員会で示されたとの記録が残る。日本側としては、調査捕鯨に賛成の意見もあったとして、計画を実施するのであろうと予想される。
 しかしながら国際司法裁判所判決で示された通り、科学調査目的のための捕獲は、調査捕鯨実施国の一方的判断のみによって行うことはできず、調査目的に照らして捕獲頭数が合理的か等客観的な基準によって判断されるべきであるとされている。日本側がどの程度十分合理的な主張を行うことができたか、それに対して各国の科学者はどのような判断を下したかは、科学委員会報告書の発表を待つほかないが、おそらく各国の科学者を納得させる説明を行うことは極めて困難であることが予想される。
 北西太平洋の調査捕鯨は、商業捕鯨モラトリアムにより操業ができなくなっている沿岸捕鯨業者の救済と南極海調査捕鯨を実施している遠洋捕鯨業者(共同船舶)が南極以外でも「裏作」として操業できるようにしているという科学的観点とは異なる背景から実施されていると言え、これに半ば無理やり調査目的を後付けでくっつけている印象を拭えない。
 商業捕鯨モラトリアムの解除がなされない最大の要因は南極での調査名目での捕鯨を続けていることにある。このままでは理論的には再び他国が北太平洋の調査捕鯨を国際法違反であるとして国際海洋法裁判所等に提訴する可能性すら排除できず、こうなった場合、日本は南極海捕鯨裁判同様、あるいはそれ以上に苦しい弁明を強いられる可能性もあるだろう。そもそも、科学を政治的観点から歪曲することは、既にマグロ等において失われつつあるとも危惧される日本の漁業外交における科学的信頼性を更に毀損することにも繋がる。商業捕鯨の再開を真に望むのであれば、「調査捕鯨」という条約の言わば抜け道を用いて苦しい言い訳をこれからも続け、さらに商業捕鯨再開の道を自ら遠ざけるのではなく、全ての国あるいは少なくともモラトリアム解除に必要な4分の3の多数がIWCで得られるような妥協案の策定の努力を行うことが必要なのではないだろうか。


(1) Government of Japan, “Response to SC 65b recommendation on Japan’s Whale Research Program under Special Permit in the Western North Pacific (JARPN II),” SC/66a/SP/10, 2015, p. 2.
(2) IWC, “Report of the Scientific Committee (Bled, Slovenia, 12-24 May 2014),” IWC/SC/Rep01 (2014), June 9, 2014, p. 74.
(3) IWC, “Report of the Expert Panel,” SC/66b/Rep06, 2016, p. 10.
(4) Tsutomu Tamura, et. al., “Response to the Report of the Expert Panel,” SC/66b/SP/01, 2016, p. 3.
(5) IWC, “Report of the Expert Panel,” SC/66b/Rep06, 2016, p. 35.
(6) Government of Japan, “Proposed Research Plan for New Scientific Whale Research Program in the western North Pacific (NEWREP-NP).”
(7) IWC, “Report of the Expert Panel Workshop on the Proposed Research Plan for New Scientific Whale Research Programme in the western Pacific (NEWREP-NP),” SC/67A/REP/01 (2017), p. 51, Annex A.
(8) Ibid., p. 20.
(9) Ibid., p. 21.
(10) Ibid., pp. 42-43.
(11) Ibid., p. 29.
(12) Government of Japan, “Proposed Research Plan for New Scientific Whale Research Program in the western North Pacific (NEWREP-NP),” p. 18.
(13) IWC, “Report of the Expert Panel Workshop on the Proposed Research Plan for New Scientific Whale Research Programme in the western Pacific (NEWREP-NP),” SC/67A/REP/01 (2017), p. 30.
(14) Government of Japan, “Proposed Research Plan for New Scientific Whale Research Program in the western North Pacific (NEWREP-NP),” p. 33.
(15) IWC, “Report of the Expert Panel Workshop on the Proposed Research Plan for New Scientific Whale Research Programme in the western Pacific (NEWREP-NP),” SC/67A/REP/01 (2017), p. 31.
(16) Ibid., p. 15.
(17) Ibid., p. 15.
(18) Ibid., p. 15.
(19) Ibid., p. 36.
(20) Ibid., p. 44.
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