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ワシントン条約・ウナギ決議に関するエッセイ [ウナギ]

 日本環境法律家連盟(JELF)発行のニューズレター『環境と正義』2017年1月・2月号に書いたワシントン条約・ウナギ決議に関するエッセイをアップしました。
 ワシントン条約については、科研費の研究として今後も継続して追ってゆく予定です。今年は7月の動物委員会と12月の常設委員会に参与観察に行こうと思っています。
環境と正義(2017.1-2)(CITESウナギ・真田)_ページ_1.png環境と正義(2017.1-2)(CITESウナギ・真田)_ページ_2.png環境と正義(2017.1-2)(CITESウナギ・真田)_ページ_3.png
ワシントン条約(CITES)第17回締約国会合報告㊤:ウナギ調査決議と日本のウナギ規制

 9月24日から10月4日まで、南ア・ヨハネスブルグで野生動植物の国際取引等を規制するワシントン条約の第17回締約国会合が開かれ、筆者も前回締約国会合に引き続き政府とは独立のオブザーバーとして会議の模様を傍聴した。そこで本小論ではこの会議のハイライトを2回に分けて紹介しようと思う。今回は、会議全般についてと日本でも報道されたウナギに関する決議について触れたい。
 まずワシントン条約の簡単な紹介から始めよう。この条約の正式名称は「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora)」、英語の正式名称の頭文字を取って「CITES(サイテス)」と略称されている。1973年にワシントンで条約が採択されたことから、日本では「ワシントン条約」と通称されている。締約国及び地域は現在182カ国と欧州連合(EU)であり、約3年に一度締約国会合が開催されている。
 この条約は条約本文の他に、付属書Ⅰ・付属書Ⅱなどにより構成される。付属書Ⅰに掲載される動植物は、絶滅のおそれがあり商業取引による影響を実際に受けている、あるいは受ける可能性があるもので、輸出入が原則として禁止される。例外的に許される学術・研究目的等の非商業的取引を行う場合には、輸出国の輸出許可と輸入国の輸入許可双方が必要になる(条約第3条)。付属書Ⅱには、現在必ずしも絶滅のおそれはないが、輸出入を厳重に規制しなければ絶滅のおそれのある種、あるいはこれらの種の輸出入を効果的に取り締まるために規制しなければならない種が掲載される。付属書Ⅱに掲載された種については、輸出入に際して輸出国の許可を受ける必要がある(第4条)。付属書ⅠとⅡの修正及びその他の決議は、締約国会議で3分の2の多数決で採択される。
 今回締約国会議が開催されたのはヨハネスブルグ北部サントン地区にあるサントン・コンベンションセンターだ。ヨハネスブルグ中心部の治安状況は悪く、この結果企業や富裕層がサントン地区に移住し、この地区の開発が進んでいる。ヨハネスブルグの中でサントンは治安が最も良好であるとされているが、全ての建物には電気柵のついた高い塀が張り巡らされ、ホテルや会社の門には警備員が常駐している。ただ、会場周辺には多数の警察車両と警官が配置されていることから安心して移動することができた。
 この会議には世界中から環境NGOが多数参加している。特に今回最大の目玉となっているのがサメやエイの付属書Ⅱ掲載提案と象の国内市場閉鎖提案であるため、これらに関係している環境NGOの姿が目立っていた。日本からの環境NGOとしては野生生物保全論研究会(JWCS)とトラ・ゾウ保護基金が参加した。日本からは業界団体からの参加者が相対的に多い。ちなみに日本の政府代表団は海産種担当の水産庁や、象牙を担当する経産省のプレゼンスが大きく、多国間環境条約の会議である筈なのに、環境省の存在感は高いと言えない。
 この会議で日本にとって相対的に注目を浴びた問題は、ウナギに関する決議であった。現在ワシントン条約ではウナギのうちヨーロッパウナギについては2007年に開催された第14回で付属書Ⅱの掲載が採択され、2009年より国際的規制が導入されている。ヨーロッパウナギの付属書掲載は、同種の資源量の著しい減少とこれにもとづく国際自然保護連合(IUCN)による絶滅危惧種指定等を受けたものである。現在ヨーロッパウナギは絶滅危惧カテゴリーとして最も上位の絶滅危惧1A類(critically endangered)に指定されており、EUは2010年12月以降同種に対しての輸出許可を発給していない。ニホンウナギも資源状態は非常に悪く、1957年には200トン以上あったシラスウナギ(ウナギの稚魚)の国内採捕量は現在約15トン程度と10分の1以下に激減している(表参照)。IUCNも2014年にヨーロッパウナギより1ランク下の絶滅危惧IB類(endangered)に指定している。あくまでIUCNの「レッドリスト」の分類上の話であるが、ニホンウナギと同様に絶滅危惧1Bに指定されているものとして、シロナガスクジラ、タンチョウヅルやトキなどが挙げられる。上記二種以外に関しても、アメリカウナギはニホンウナギと同じく絶滅危惧IB類(endangered)に、東南アジアなどに生息するビカーラ種についても準絶滅危惧種(near threatened)に指定されている。
 ニホンウナギについてはEUなどから付属書掲載提案が出るのではとの観測もあったが、結局EUはそれに代えてCITESの下での調査を求める決議案を提出した。具体的には、①CITES事務局が独立コンサルタントと契約し、ヨーロッパウナギ及びその他のウナギについて調査を行い、②事務局が上記の調査報告書を下部委員会の動物委員会に提出するとともに、適宜国際ワークショップを開催すること、③動物委員会は検討の後次回の締約国会合に勧告を行うこと、④同じくCITESの下部委員会である常設委はヨーロッパウナギの違法取引につき検討し、適宜勧告を行うこと、等を求めている。
 この提案に対して日本は、この問題は地域的な協力の枠組みによって解決されるべきであり、またヨーロッパウナギが既に付属書Ⅱ掲載によって規制の効果が得られたのかを明らかにすべきであると主張して規制に消極的な姿勢を示したものの、決議案への反対自体は見送った。この結果決議は 全会一致で決議案が承認され、本会議でもそのまま採択された。
以上のように、ウナギについてはCITESの下で実施される調査を踏まえ、次回の締約国会合でどうするかが検討されることになる。しかし、ニホンウナギに対する資源保護への取り組みが現状のままのものにとどまるなら、付属書掲載が提案されることは避けられないのではないかと思われる。 現在日本は2014年に採択した中国・韓国・台湾との共同声明に基づき、ニホンウナギの池入れ量を直近の数量から2割削減するととともに、法的拘束力のある枠組みを設立するための非公式協議を行っている。しかしながら、池入れ2割削減は科学的根拠に基づいておらず、これによって資源の持続性が担保されるものではない。法的拘束力ある枠組に関する交渉も、中国の協議不参加等により一向に進展が見られない。
 10月末に中央大学・日本自然保護協会等の主催で東京で開催されたシンポジウム「うなぎ未来会議」 では、昨年漁期に国内で養殖したウナギの約7割が無報告採捕物または違法取引物と推定されるとの衝撃的な報告が海部健三・中央大学准教授から行われた(みなと新聞2016年11月1日付)。シラスウナギの輸入については、かつての最大の輸出国だった台湾が禁輸措置を取って以降、香港からの輸入が激増している。香港にシラスウナギ漁が可能な川は存在せず、香港からの輸出は大部分が台湾からの密輸であることは関係者間では周知の事実である。「闇屋が跋扈し、国際的なシラス・ブローカーが暗躍し、暴力団も関与している」との指摘がなされている通り(『Wedge』2015年8月号)、ウナギに関する違法行為と反社会勢力の関与という黒い噂は絶えず、事実、今年に入ってからもシラスウナギの密漁もしくは無許可所持で暴力団員が宮崎県と香川県で逮捕される事件が発生している(朝日新聞2016年2月21日付宮崎版・4月8日香川版)。
 こうした現状に対する関係者の認識は残念ながら極めて不十分である。業界団体である日本鰻輸入組合の代表は「組合として台湾からのシラス輸入防止に向けて何らかの対策をうつつもりはない。香港からの輸入は日本政府も認めている」と居直り(『Wedge』2016年8月号)、主管庁である水産庁も「闇流通はシラス高騰につながるものの、資源管理とは別問題。闇流通のシラスも最終的には養殖池に入る」と強調、現行の池入れ量規制でもシラスの過剰採捕を防げるとの理解に苦しむ他ない釈明を行うばかりである(みなと新聞2016年10月17日)。
 ただ、こうした現状に危機感を抱き、積極的な対策を促す動きも活発になりつつある。その一つが、先述した「うなぎ未来会議」など研究者発のイニシアティブである。同会議では一般を交えた「市民パネル」が設けられ資源保護に対する議論が行われるなど、積極的な世論喚起が行われるとともに、「国内で養殖したウナギの約7割が無報告採捕物または違法取引物」との海部准教授の調査結果は、「店頭で並んでいる国産ウナギ50匹分がすべてが適切に供給されたものである確率はゼロに近い」との説明とともに、11月10日に衆議院第一議員会館で開催された「違法漁業から水産資源・水産業を守る国際シンポジウム」でも報告された。
 マスメディアの側でも関心は高まりつつある。共同通信では井田徹治編集委員が従来からウナギの問題に関して積極的に記事発信を行ってきたが、近年では月刊誌『Wedge』ウナギ密漁・密貿易問題に関して独自取材に基づく記事を発信している(『Wedge』2015年8月号特集記事「ウナギ密漁」、同2016年8月号特集記事「『土用の丑の日』はいらない」、同12月号拙著記事「世界が迫るウナギの取引規制」)。「違法漁業から水産資源・水産業を守る国際シンポジウム」での海部准教授の報告は日経でも特集記事として掲載された(志田富雄「ウナギの稚魚供給、7割に「不正」の疑い」日本経済新聞2016年11月27日付)。
 政治の側にも動きがみられる。自民党水産部会等の会合同会議の場で井林辰憲衆院議員は「(取引には)反社会的勢力の介在も指摘されている。警察関係者も招き、話を聞くべきだ」と提案、小林史明衆院議員と中谷元衆院議員もウナギの資源管理を担保する上で流通の透明性が必要と訴えている(みなと新聞2016年10月17日)。「違法漁業から水産資源・水産業を守る国際シンポジウム」でも中谷議員より対策の必要性が強い口調で訴えられた。
 将来にわたりウナギを食べ続けてゆくためにも、研究者サイドからの積極的な情報発信、ウナギ資源の危機に関する一般やメディアの関心の高まり、政治からのインプットを通じて、行政を動かしてゆく必要があるだろう。行政に関しても、ウナギ資源管理に関する意思と能力につき疑問を呈せざるを得ない水産庁のみで問題が解決し得ないのはこれまでの経緯からも明らかである。輸出入管理という面から税関、密輸対策として海上保安庁、組織犯罪という面から警察庁、資源調査及び管理という面から環境省という行政一丸となった取り組みが必要とされるだろう。現状の放置は、ウナギ資源の枯渇とワシントン条約での規制を招くのみである。

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