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社会安全学セミナー

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日本のCITES(ワシントン条約)二枚舌外交 [国際会議]

 ジュネーブで約2週間にわたり開催されていたワシントン条約(CITES)第18回締約国会議、ようやく終了しました。

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【ワシントン条約第18回締約国会議、最終本会議の模様】

 最終本会議の締めくくりの発言で事務局長より「海産種の附属書Ⅱ掲載を通じて、海産資源の持続可能な利用が図られる」と発言するなど、今回は黒ナマコやアオザメ等海産種の附属書Ⅱ掲載提案が全て採択されるとともに、多数の動植物が附属書に掲載され、環境NGO等多くの参加者から会議の成功を歓迎するコメントが最終本会議で相次いで述べられるなど、大きな成果を残しました。また、保護管理対策の成功からネズミ4種、鳥類2種が附属書ⅠからⅡへの格下げがコンセンサスで採択、審議の際に各国から歓迎と祝福の発言が続きました。
 ここでコンセンサス採択されず(秘密投票ではなく)通常投票となった全ての動物・植物附属書掲載提案、及び、全てが秘密投票となった海産種附属書掲載提案について、科学的観点から提案に対する分析と勧告を行っている①FAO専門家パネル(商業的に利用される水産種のみ提案分析)、②条約事務局、③IUCN/TRAFFIC、④TRAFFIC単独と、日本、中国、韓国、米国、EUの投票態度を表にしてみました。

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【ワシントン条約第18回締約国会議、提案分析と日本の投票行動】

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【ワシントン条約第18回締約国会議、各国の投票行動】

注:緑色は附属書掲載・格上げに賛成もしくは格下げ・削除に反対する立場、黄色は掲載・格上げに反対もしくは格下げ・削除に賛成する立場を示す。

*1 IUCN/TRAFFIC提案分析では、キリンの附属書Ⅱ掲載を通じた国際取引の規制が種の存続に対する主たる脅威を解決しないとする一方、IUCNキリン専門家グルーブの一部科学者より掲載が強く主張されるなど、IUCN内で意見が分裂
*2  ギターフィッシュの附属書Ⅱ掲載提案が掲載基準を満たすか否か判断がつきかねるとする一方、当該種が附属書に掲載するか否かを締約国が検討するに際し、地中海北西部での資源が絶滅したこと、広範な地域において管理措置が存在していないこと、及び当該種のヒレが国際取引において極めて高い価値を有していることに留意することを勧告
*3 ウェッジフィッシュの附属書Ⅱ掲載提案が掲載基準を満たすか否か判断がつきかねるとする一方、附属書Ⅱ掲載を検討するに際し、広範な地域で管理がなされないままに漁獲が行われていること、及び国際取引でヒレが高い価値を有していることに締約国が留意することを勧告
*4 附属書Ⅱ掲載提案されたクロナマコ等3種のうち、1種は掲載基準を満たし、1種は基準を満たさず、残りの1種は不明としつつ、1種が掲載される場合は残りの2種は類似して見分けがつかないため一括掲載を勧告

 一目瞭然ですが、日本は附属書掲載にはできる限り反対し、附属書からの削除や格下げにはできる限り賛成する投票行動を取っています。EU、米国はもとより、中国よりも後ろ向きです(中国は今回オナガキジ、イボイモリ等計5つの附属書Ⅱ掲載提案を行い、条約に協力的な態度を示しました)。
 日本は締約国会議で「附属書掲載提案は科学的根拠に基づき、海産種については専門的知見を持つFAOの勧告を尊重すべきだ、と何度も何度も何度も何度も、繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し発言しました。
 ところが投票態度を見てみると、そのFAO専門家パネルが判断を留保している(但し附属書掲載の利点を留意するよう勧告)サメ・エイ提案はもとより、掲載を妥当としているナマコにすら反対していることがわかります。なお、附属書掲載提案に慎重な姿勢を示すFAO専門家パネルと対照的に、今回はIUCNがサメ・エイ提案で発言を求め、FAO専門家パネルの評価以降に判明した新たな科学的知見を踏まえたとし、附属書掲載基準を満たしていると提案採択を強く推していたのが印象的でした。
 日本の投票態度についてさらに見てみると、条約事務局、IUCN/TRAFFIC、TRAFFIC単独の提案分析のいずれもが掲載賛成の分析・勧告をしているパンケーキガメの附属書ⅡからⅠへの格上げ提案に棄権したのみならず、条約事務局、IUCN/TRAFFIC、TRAFFIC単独の提案分析でいずれも掲載提案反対が勧告されたグラスフロッグの附属書Ⅱ掲載提案、及び条約事務局、IUCN/TRAFFIC、TRAFFIC単独の提案分析でいずれも附属書からの削除は適切でないので附属書削除提案には反対だと勧告したと北インドローズウッドの附属書Ⅱ削除提案のいずれについても、こうした科学的・専門的な立場からの勧告に真向背いて賛成投票しています。言っていることとやっていることの辻褄が合いません(グラスフロッグについては、ワシントン条約での海産種提案や国際捕鯨委員会(IWC)で日本のいつも支持する発言をしばしば長時間にしてくれるアンティグア・バーブーダやセントクリストファーネイビスが提案支持側に回ったことが賛成の要因ではないかと推測されます)。
 何のことはない、「科学、科学」と連呼している日本のワシントン条約の投票態度は便宜主義的な二枚舌外交に過ぎないということです。
キリンに反対、カワウソに反対、サメにも反対、エイにも反対、ナマコに反対、ヤモリやカメにも反対。科学的根拠に基づかない資源管理の失敗で我が国沿岸漁業資源の大幅な減少をこれまで放置しておきながら、他国には「科学的根拠に基づく持続可能な利用」を他国に滔々と説く倒錯(事情を知る一部の海外の関係者は呆れています)。悲しいかな、これが日本のワシントン条約での振る舞いです。近視眼的で大局的な我が国の国益を損なっていると言えるでしょう。パリ協定等での温暖化対策問題同様、日本は中国にも後れを取った後進国です。
 なお、クロナマコ等の投票の際、EUについては適宜EU代表が一括して投票権を行使でき、このEU代表の投票権を否定しない旨が予め合意されていたにもかかわらず、水産庁の担当官が「EU加盟の28カ国がこの会議場に座っているか、この場で確認しろ」と繰り返して要求、これはEUの一括投票権の否認に他ならないことから、投票後EUと米国代表より極めて強い調子の抗議が行われました。最低限、外交儀礼と会議のマナーぐらい、守りましょうよ。不必要に相手を怒らせてどうするの。やれやれ。
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ジュネーブには、サステナブルな意識の高いネコがいる [漁業資源管理]

 ワシントン条約第18回締約国会議にオブザーバー参加するため、ジュネーブにやってきました。

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【ジュネーブ(コルナバン)駅】

 昨年ジュネーブに来たときにもスーパーを覗いてみたのですが、意識してみるせいか今回は前回来たときよりもMSC(天然魚の海のエコラベル)・ASC(養殖魚の海のエコラベル)マークのついたものが当たり前のように並んでいます。

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【ジュネーブのやたらどこにでもあるスーパー「ミグロ(MIGROS)」ジュネーブ空港駅店の魚もの系売り場。MSC、ASCだらけです。】


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【同じくスーパー「ミグロ(MIGROS)」ジュネーブ空港駅店の缶詰売り場】

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【スーパー「ミグロ(MIGROS)」ジュネーブ空港駅店。MSCマークの缶詰がデフォルト状態です】

 そしてそのMSCマーク付きの缶詰をよく見てみると、「これは一本釣りで釣りました」というものも。

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【スーパー「ミグロ(MIGROS)」ジュネーブ空港駅店の缶詰売り場】

なかにはMSCではないけれど、一本釣り印の缶詰も。

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【スーパー「ミグロ(MIGROS)」ジュネーブ空港駅店の缶詰売り場。「一本釣り(pole and line)」の文字が】

そしてキャットフード売り場に行くと、なんとそこにはMSC印のキャットフードが。ジュネーブのネコはサステナブルな意識高い系であることが発覚。

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【スーパー「ミグロ(MIGROS)」ジュネーブ空港駅店の猫様フード売り場。】

というわけで、早速買ってしまいました。

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【MSC印の猫様用フード】

 そして開缶。人間様用よりさらに非常に強めな感じの食欲をそそるツナ缶の香りが漂ってきます。

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【MSC印「セリーナ・アダルト」開缶後。意識の高い大人の猫様用です】

 さっそく実食です。

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 …………。


 猫様は塩分を人間のように取らせてしまうと塩分過多となり寿命を縮めてしまうので薄味だろうなと思っていて、「いやー塩か醤油でもかけないと薄すぎて美味しくない」的なコメントを想定していたのですが、あにはからんや、かなりしっかり濃い味が付いています。これは人間様でも普通に美味しい、いや安売りのツナ缶よりは美味しい缶詰です。
 ジュネーブのお猫様はサステナブルな意識高い系だけではなく、味にも人間以上にうるさいということを実感してしまいました。ただ、ちょっと猫様用としては味が濃いので、塩分系の体調管理が必要かも知れません。あと、私は猫を飼っていないので遠い記憶の日本のキャットフードを大学院の授業で遠い昔に実食した時の感想からだけなのですが、ちょっと味が脂っこくてくどい。さっぱり&塩分利いていける系が人間様用だとしたら、くどいbut塩分少な目なのが御猫様用テイストなんでしょうか。ここらへんは飼っている皆様からご意見をお伺いしたいところです。

 ちなみに、御猫様用フードとは対照的に、ドッグフードにMSC的なものはありませんでした。御猫様のほうが犬どもより遥かに知的で意識高いということが証明された、と猫様贔屓としては判断したくなってしまうところです。


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海産種とワシントン条約及び日本の対応 [国際会議]

 本日(6月9日(日))上智大学で開催の環境法政策学会第六分科会「地球環境ガバナンスとレジームの変動―CITES の発展・変容と日本の国内実施」での拙発表「海洋生物資源の持続可能な利用とCITES及び日本の対応」のパワーポイント資料はここをクリックするとダウンロードできます。ご参考までに。

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【ワシントン条約第17回締約国会議(2016年・於ヨハネスブルク)の模様】

 なお、発表の原稿は以下の通りです。

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海洋生物資源の持続可能な利用とCITES及び日本の対応

早稲田大学地域・地域間研究機構 真田 康弘


1.はじめに
 2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」での持続可能な開発目標(SDGs)では、水産資源を最大持続生産量のレベルにまで回復させるため、2020年までに漁獲を効果的に規制することが謳われているなど、海洋水産資源の持続可能な利用は国際社会における喫緊の課題と位置付けられている。その一方、国連食糧農業機関(FAO)によると、世界の漁業資源のうち約3分の1は乱獲状態にあると推定されており(FAO 2018, pp. 39-40)、資源管理は十全な成功を収めてはいない。
 こうしたなか、野生動植物の輸出入管理等を行うワシントン条約(Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora: CITES)の附属書、なかでも附属書Ⅱに海産種を掲載し、その保全と持続可能な利用を図る動きがとりわけ2000年代から活発化している。そこで本発表では、CITESにおける海産種規制について概括したのち、附属書掲載の動きが活発化した背景を分析するとともに、日本の海産種附属書掲載提案に対する対応及び今後の展望について検討を加えるものとする。

2.CITESと海産種の規制
 CITESでは条約本文に「いずれの国の管轄の下にない海洋環境において捕獲され又は採取された種の標本をいずれかの国へ輸送すること」を「海からの持込み」としてこれを規制すること、事務局が海産種の附属書改正提案を受領した場合、当該海産の種に関連を有する活動を行っている国際機関と協議し、当該機関の表明した見解及び提供した資料を締約国に通告する旨規定する(第15条2項(b))など、当初より海産種についての規定を設け、輸出入のみならず公海で漁獲された種の管理を行う旨定めている。条約採択時点においても、シロナガスクジラ(附属書Ⅰ)などの一部の鯨類やマナティ(附属書Ⅰ)、シーラカンス(附属書Ⅱ)などの海産種、及びバルチックチョウザメ(附属書Ⅱ)といった遡河性魚種を附属書に掲載していた。
 1976年に開催された第1回締約国会議(COP1:以下「締約国会議」を「COP」と略称)ではトトアバが附属書Ⅰに掲載されたが、以降は海産魚類に限るとCOP8(1992年)での大西洋クロマグロ(スウェーデン提案)と大西洋ニシン(ボツワナ、マラウイ、ナミビア、ジンバブエ提案)まで附属書への新たな魚種の掲載提案はなく、上記提案も撤回されたため採択に至らなかった。COP1のトトアバ以降海産魚種として1990年代までに附属書掲載・格上げされたのは、シーラカンスの附属書Ⅰ格上げ(COP7)、チョウザメ目の附属書Ⅱ掲載(COP10)にとどまった。
2000年代に入ると海産種の附属書掲載が活発化する。ジンベイザメとウバザメ及びタツノオトシゴの附属書Ⅱ掲載が2002年のCOP12で採択、2004年のCOP13では前回掲載が見送られたナポレオンフィッシュもコンセンサスで附属書Ⅱ掲載が採択された。2007年のCOP14では、ヨーロッパウナギの附属書Ⅱ掲載(EU提案)が賛成多数で可決されている(表1参照)。

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【表1:附属書掲載海産魚種】

3.サメ・エイ提案の増加
 上記の魚種以外としては、近年とりわけサメ及びエイの附属書掲載提案の増加が顕著である。サメについては1994年のCOP9で決議が採択(Conf. 9.17)、1997年のCOP10ではノコギリエイの附属書Ⅰ掲載が米国から提案された。CITESとも密接な関係を有するIUCNでは1991年、種の保存委員会(Species Survival Commission: SSC)の下にサメ専門家グループ(Shark Specialist Group: SSG)が結成され、1996年の第2回会合でアブラツノザメ、メジロザメ、ノコギリエイの附属書掲載提案を米国に働きかける旨の決議が採択されたことがその背景となっている(中野 1998年、3頁)。COP10ではノコギリエイ提案は反対多数で否決され、2000年のCOP11でもホホジロザメ(豪州、米国提案)、ジンベイザメ(米国提案)、ウバザメ(英国提案)の掲載提案がいずれも否決されたが、2002年のCOP12ではジンベイザメ(インド、マダガスカル、フィリピン提案)とウバザメ(EU提案)の附属書Ⅱ掲載が、採択に必要な3分の2以上の多数を得て可決されている。
 こうした掲載提案増加を受け、FAOは2004年のCOP13に際し、商業的に利用される水産種について専門家パネルを設置し、個々の提案が附属書掲載基準を定めた決議(Conf. 9.24(Rev. CoP17))の生物学的基準に合致するか否かを検討し、掲載に関する勧告を行っている。この専門家パネルによる評価手続きは両機関の協力に関する了解覚書(MOU)が2006年にCITESとFAOにより公式化され (FAO and CITES 2006)、以降の締約国会議に際しても専門家パネルが提案を評価している。提案についてはCITES事務局も賛否の評価を行うほか、IUCN / TRAFFIC等も提案分析を行っている。これらと日本並びにEUの態度及び表決結果は右表2の通りである。

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【表2:FAO専門家パネル設置以降の商業的利用水産種掲載提案】

4.附属書Ⅱ活用の背景
 海産魚種を附属書Ⅱに掲載する2000年代からの動きは、以下の理由により活発化したと考えられる。
第一は、海産魚種を扱う既存の地域漁業管理機関(Regional Fisheries Management Organizations: RFMOs)における資源管理を補完し、強化するため、というものである。RFMOsは特定の海域あるいは魚種を対象として公海を回遊する、あるいは複数国の排他的経済水域に跨って生息する資源の管理を行っているが、海域あるいは魚種ごとに分かれて存在しているため統一的な管理がなされていない。また混獲種として副次的に管理の対象とされているものについてはとりわけ十分な保全措置が取られていない場合が存在する。例えばサメに関しては、中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)、全米熱帯まぐろ類委員会(IATTC)、大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)、インド洋まぐろ類委員会(IOTC)で、船上に保持したサメの完全利用や、ヒレだけを切ってその他を投棄する「フィンニング(finning)」を抑止するため、最初の水揚げ時点でヒレの重量が船上のサメ類の総重量の5%を超えない旨を規制する措置が共通して定められているが 、船上保持及び水揚げ規制については個々のRFMOごとに対象魚種が異なっている。また上記「5%規制」については科学的根拠に乏しいことから、フィンニング禁止のため水揚げ時点までヒレを自然な形で胴体に添付させる等の規制措置が以前より提案されているが、マグロを主たる管理対象とする上記RFMOsは日本など漁獲国の反対があり採用されていない。RFMOsは管轄海域で漁業を行っている国を中心として構成されており、漁業国の力が相対的に強い。対してCITESは対象魚種を漁獲していない国も多数含まれ、環境NGOの影響力も強いことから、CITESへの「フォーラム・ショッピング」が起こっていると捉えることができる。加えてタツノオトシゴやウナギについては管理するRFMOsがそもそも存在していない。こうした管理上の欠缺を埋めるためとして、CITESの附属書Ⅱ掲載を通じて持続的な資源管理の利用を促進する動きが活発化してきたと考えられる。
 ワシントン条約では締約国は「管理当局(Management Authority)」及び「科学当局(Scientific Authority)」を指定することが義務付けられており、輸出許可に際し、輸出国の科学当局が当該輸出が当該種の存続を脅かすこととならない(not be detrimental to the survival of that species)と助言を行う必要がある(第4条)。この助言は「無害証明(non-detriment finding: NDF)」と呼ばれる。NDFの判断は輸出国政府に委ねられているが、NDFに疑いのある締約国については下部委員会である動物委員会及び常設委員会での手続きを通じて調査を行い、対象国に是正措置を勧告する「顕著な取引のレビュー(Review of Significant Trade: RST)」という制度が締約国会議決議をベースに設けられており、もし是正措置が取られなかった場合は最も重い場合で全締約国に対しRST対象国との附属書掲載種の取引停止勧告を行うことができる 。この措置はあくまで勧告にとどまり、締約国は取引停止を実施する法的義務はない。しかし1985年から2013年にかけて43カ国に対して全てのワシントン条約掲載種商取引停止勧告がなされたが、うち8割以上については、非遵守国が必要な措置を行ったとして同取引停止勧告が1年以内に解除されている(Sand 2013, pp. 255-256)など、RSTは履行確保のための有効な手段として機能していると指摘されている。こうした履行確保メカニズムの整備に伴い、附属書Ⅱが野生動植物の保護と持続可能な利用のための有効なツールとして活用が活発化してきていると考えられる。
 附属書掲載提案は、例え採択されない場合であったとしても、それを一つの梃子として利用し、RFMOsでの保全管理措置の改善を促すツールとしても用いられる。その一つの例と言えるのが大西洋クロマグロである。同魚種については1992年のCOP8でスウェーデンより附属書Ⅱ掲載が提案されたことがあるが、2000年代後半に入り過大な漁獲枠とIUU漁業による乱獲が強く認識されるに至り、当該魚種を管理するICCAT科学委員会は2006年、現在の漁獲量がMSYレベルの3倍にものぼるとし、15,000トン程度の漁獲に制限するよう資源強化措置を求めた。同年のICCATでは2010年に25,000トンへ漁獲枠を削減、翌2007年のICCATでは09年と10年の漁獲枠をさらに2割削減する措置を採択したが、これでは保全管理措置として緩慢としてモナコが2009年、翌10年に開催されるCOP15に同魚種の附属書Ⅰ掲載を提案する旨発表した。掲載提案は反対多数で否決されたが、この動きに危機感を覚えたICCAT加盟国は規制の大幅強化に着手、2011年の漁獲枠は12,900トンにまで削減、巻網解禁漁期を1か月に限定するなどの措置の採択に成功した。この結果資源回復が図られ、2017年ICCATでは漁獲枠を段階的に増やし、2020年には36,000トンにする措置が合意されている。
マゼランアイナメに関しても類似のケースとして挙げることができる。同魚種は「南極の海洋生物資源の保存に関する委員会(CCAMLR)」で規制が行われてきたが、IUU漁業による乱獲が指摘され、2002年のCOP12にオーストラリアよりライギョダマシとともに附属書Ⅱ掲載が提案された。CCAMLR加盟国の多くが強く反対したため提案は撤回されたが、これを契機としてCCAMLRではIUU漁業抑止のための漁獲証明制度の改善などが行われた(Vincent et al. 2014, p. 14)。
第二に、附属書ⅠではなくⅡの掲載への海産種掲載提案は、「持続可能な利用」概念の主流化とともに、この会議に参加する多くの参加国及びNGOにとって広く受入れ可能であり、支持が得られやすいという点が挙げられる。1992年の地球サミット及びリオ宣言等における「持続可能な開発」概念の国際社会における広範な受容、1992年のCOP8における、種の生存を脅かさない水準であれば商業的利用が地域の開発に寄与するとの決議の採択 、掲載基準が曖昧で格下げを困難にしていた「ベルン基準」に代わる「フォートローダーデール基準」の採択(COP9(1994年))、生物多様性条約で採択された「生物多様性の持続可能な利用のためのアジス・アベバ指針及びガイドライン」のCITESへの適用(COP13(2004年)) 、「野生動植物の国際取引が持続可能な水準で行われるよう条約の機能を向上させること」を目的の一つと謳う戦略ビジョンの採択 等、「持続可能な利用」がCITESの中心的理念の一つして位置付けられた。その一方、商業的利用の利益を認識した決議を採択したCOP13では同時に是正措置勧告や取引停止勧告を含め是正措置を定めた決議を採択 、これがRSTプロセスの整備に繋がっている。「附属書Ⅱへの掲載を通じIUU漁業を排し持続可能な利用を図る」との保全主義的フレーミングは環境NGOの影響力の強い欧米のみならず当該資源の生息国・利用国にも受け入れ可能であり、2013年のCOP16では漁獲国(ブラジル、コロンビア、メキシコ)ないし生息国である中南米諸国を中心にシュモクザメの附属書掲載提案が行われ(CITES 2013, pp. 13 - 19)、2016年のCOP17でのサメ、エイ提案についてもEUや中南米諸国に加えてクロトガリザメの主要漁獲国であるスリランカ(2014年時点でFAO統計で漁獲量世界第2位)(CITES 2016, p. 22)等がリードするかたちで推進されている。COP13に参加した仙波が述べるように「漁業国においても、サメ類の乱獲が自国周辺海域の生態系に負の影響を及ぼすのではないか、との懸念が広がっている」点も指摘されよう(仙波 2016年、168頁)。アフリカゾウや鯨類の問題では保存主義的立場を取るAWI(Animal Welfare Institute)やHSI(Humane Society International)などの団体も、豊富な財政資源を背景にサメ・エイ提案を推進してきたピュー財団(Pew Charitable Trusts)等の附属書Ⅱ掲載イニシアティブに対し同調・支持する立場を取っており、欧米各国、生息国、環境NGOの広範な支持が得られている。
第三は、サメ・エイ提案については、アフリカゾウに対して国内市場閉鎖決議案を前回のCOP17(2016年)で推進した「アフリカゾウ連合(African Elephant Coalition)」加盟諸国との緩やかな連携関係が成立している点である。2008年の結成当初19か国であった加盟国は現在32カ国にまで増加しており、COP17ではアフリカゾウ連合加盟の一部の国々がサメ・エイ提案の共同提案国に名を連ね、採択に必要な3分の2を大幅に上回る形での可決に成功した(図1参照)。下部委員会の常設委員会でも近年アフリカゾウ連合諸国が海産種問題について保護の必要性を強調した発言を行っており、海産種を支持する国やNGOとの緩やかな連携関係の下、発言の分担などが行われている 。

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【図1:海産種サメ・エイ提案の提案国数(左目盛)及び賛成率(%:右目盛)】


5.日本のCITES海産種への対応
 日本は1980年にCITESに加入したが、その後も附属書Ⅱ掲載種に義務付けられている「輸出許可書」を発行せず「原産地証明書」で済ませるなど、条約を十分に履行する姿勢に欠けていた(阪口 2011年、33頁)。このことは内外NGOからの強い批判を招き、こうした対外的圧力を受ける形で徐々に日本は条約履行への取組みを改善するとともに、クジラ以外の附属書への留保種を取り下げた。
地球サミットでの「持続可能な開発」の主流化は、これまでの受身一本の姿勢から日本がCITESで積極的な外交を展開する素地を提供した。日本は象牙の全面取引禁止を主張する保存主義と対置する立場を鮮明にし、アフリカゾウの附属書Ⅱへの格下げを積極的に支持、取引解禁に成功した。海産種では1997年のCOP10から2004年のCOP13まで鯨類の附属書ⅠからⅡへの格下げ提案を行い、採択には失敗したものの過半数に迫る支持票を獲得した。
 日本は附属書掲載基準の改定にも積極的に貢献した。1994年に採択されたフォートローダーデール基準はIUCNの掲載基準に概ね即しているが、陸上動物と海生生物を同一の基準で扱っている。これでは商業的に漁獲の対象とされている魚が水産資源学的には持続的な水準で利用されているにもかかわらず、CITESでは附属書Ⅰの掲載基準を満たす場合が出てくる可能性がある。このため南アの提案によりFAOを中心に水産種についての基準策定が進められ、2004年のCOP13でコンセンサス採択された(CITES 2004, p. 3)。FAOを通じた水産種基準策定過程には日本からも多くの研究者。専門家、官僚が参加し、国内でも検討会議が何度も開かれ、基準にはその検討結果の多くが反映されている(金子 2016年、20頁)。
 日本はFAOとCITESとのMOU締結にも中心的役割を担っている。日本はFAOやRFMOsの関与を最大化するため、商業的に利用される水産種の附属書掲載に際しては事前にFAOあるいはRFMOsの承認を得る旨の文言を推進した(Young 2010, p. 474)。この試みは成功しなかったが、が、CITES事務局はFAO専門家パネルの評価結果を「最大限可能な限り尊重する(respect, to the greatest extent possible)」旨規定された(FAO and CITES 2006)。MOU締結に先立ち2004年のCOP13よりFAO専門家パネルの評価が開始されたが、以降日本は附属書掲載基準を満たさないとFAOパネルが評価したものについては反対する一方、FAOが掲載基準を満たすとしたノコギリエイとヨーロッパウナギにはいずれも賛成している。
 これに変化が生じたのは2010年のCOP15からである。商業的利用水産種について検討したFAO専門家パネルは多数意見として大西洋クロマグロの附属書Ⅰ提案は附属書掲載基準を満たすとの判断を下し、ヨゴレとアカシュモクザメ、ヒラシュモクザメ及びシロシュモクザメも掲載基準を満たしているとの判断を下した。しかし日本は漁獲国のリビア等とともに連携し大西洋クロマグロの採択阻止に尽力、反対多数で否決することに成功し、ヨゴレ、シュモクザメ提案にも反対した(いずれも3分の2の多数を得られず否決)。以降日本はCITESではFAO専門家パネルの評価結果にかかわらずほぼ一切の附属書掲載提案に反対するとの立場を取っている(表2参照)。また掲載された海産種についても、日本の漁獲の多寡やこれに伴う経済的利害関係の有無にかかわらず、鯨類10種とともに一切のサメ(計10種)及タツノオトシゴについて留保を付している。この結果、留保数はパラオ、アイスランドに次ぎ締約国のなかでは3番目に多い。海産種掲載提案には一貫し反対している中国が一切の留保を付していないのと対照的である(図2参照)。

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【図2:附属書留保数】

 確かに締約国はFAOの勧告を自国の都合に合わせて戦略的に利用する傾向が見受けられ(Cochrane 2015)、CITESでの附属書掲載に積極的なEUにしてもCOP13でのヨーロッパシギノハシガイの他、COP17でのクラリオン・エンジェルフィッシュについて、FAO専門家パネル・CITES事務局ともに提案に反対したにもかかわらず提案を支持している(表2参照)。しかしEUは2013年のCOP16ではFAO専門家パネル・CITES事務局ともに反対を勧告したマユゲエイとポタモトリゴン・モトロの附属書掲載提案に反対を表明、提案は否決に追い込まれており、両種以外でFAO専門家パネルとCITES事務局双方が反対する提案に賛成の態度を取ったことはない。
 「政治的価値」「外交政策」は誘因力を有し得るソフトパワー資源の一つであり(Nye 2011, pp. 84 - 87)、説得力ある主張はCITESではとりわけ附属書掲載提案種について直接の利害関係を持たない国々の賛否を決定する要因となっている(Gehring and Ruffing 2008)。締約国の幅広い支持に基づき設けられた「FAO専門家パネル等による科学的知見の尊重」という主張に基づく外交政策は、日本がCITESで有する数少ないソフトパワー資源と言える。しかるに自らその主張と相反する行動を取ったことは、日本の主張は便宜主義的なものに過ぎないと他国に見なされ、主張の正統性を損なわせ日本に対する不信感を増大させる結果に繋がっている。阪口が指摘するように、「ワシントン条約がFAOの働きかけを受けて構築してきた水産種提案の「正当なプロセス」……を日本がCOP15で完全に無視する姿勢をとったことは致命的であった」と言える(阪口 2019、262頁)。
 日本に対する不信感は2017年に開催された常設委員会の審議でも端的に表れている。この場で日本は附属書掲載提案に関するFAOやRFMOsからのインプット強化の検討を趣旨とした内容的には一見当たり障りのない提案を行ったが(Government of Japan 2017)、保存主義的NGOのみならず保全主義的な立場を取るWCS等も強く反対を表明、CITESで強い影響力を有するある保全主義的NGO代表も「この提案は極めて危険」と全く取り合う姿勢を示さなかった 。審議の場で支持を表明したのは中国のみで、現行のMOUに基づく手続きを変更する必要はないとの声が圧倒的多数を占め、日本提案は受け入れられなかった。同年の常設委員会では日本が留保を付していない北太平洋のイワシクジラの水揚げが「海からの持込み」規定に違反しているとの強い批判も受けており、象牙の国内市場閉鎖問題と併せ、日本に対するNGO、各国代表の評価は厳しい。

6.今後の展望
 2019年に開催が予定されているCOP18に向け、55の締約国がアオザメを、53カ国がギターフィッシュを、62カ国がウェッジフィッシュをそれぞれ附属書Ⅱへの掲載を提案している 。共同提案国数は他と比べてずば抜けて多く、うちアオザメには13カ国、ギターフィッシュとウェッジフィッシュには14カ国のアフリカゾウ連合諸国が共同提案国に名を連ねている。現在のCITESでのトレンドを鑑みた場合、サメ・エイ提案が採択される可能性は少なくないと考えられる。
 現在のところアフリカゾウ連合32カ国うち共同提案国となっているのは半数程度であり、サメ・エイ提案推進側との極めて強固なアライアンスが形成されるまでには至っていない。議題が相互にリンケージされないことは附属書掲載提案が附属書掲載基準により判断され、科学的知見や科学的勧告により即したものとなることに資するが(Gehring and Ruffing 2008, pp. 136-137)、逆にサメ・エイ提案推進側とアフリカゾウ連合の連携が強化された場合、サメ・エイ議案とアフリカゾウ議案の票のリンケージとポジションの固定化、附属書掲載基準やFAO・事務局の勧告に基づかない政治的判断を促進することにもなり得る。国内市場閉鎖決議の採択など、アフリカゾウ問題ではややもすると保存主義的傾向が強まりつつあるが、この傾向が海産種にも波及しかねない。この傾向を抑止するため、日本としては附属書掲載提案についてはFAOの勧告に即した投票行動を取ることが強く期待される。留保種についてもできる限り取り下げ、日本がCITESのルールに即した行動を行っていることを示す必要があるだろう。他国に範を示すとともに、他国に対しても附属書掲載に関してCITESでの掲載基準や科学的アセスメントに即した行動をとるよう促すためである。さらには、海産種のNDF策定作業等の議論にも積極的に参加し、CITESでのルールメイキングに貢献することが望まれよう。
 日本のCITESにおけるソフトパワー外交のためには、その資源となる科学的知見の強化も必要不可欠である。水産研究・教育機構でサメ研究に携わってきた中野自身が述べるように「商業的価値が低いサメ類についても漁獲情報を整備し、資源評価と適切な資源管理を行う必要」がある(中野 2008年、225頁)。日本側の科学的アセスメントが他国から政治的要請を排した中立・公平であるものと見なされるよう、アセスメントを担う水産研究・教育機構の組織・制度面での独立性の確保も望まれるであろう。

参考文献 
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CITES. CoP16 Prop. 43, 2013.
CITES. CoP17 Prop. 42, 2016.
Cochrane, Kevern. “Use and misuse of CITES as a management tool for commercially-exploited aquatic species.” Marine Policy (2015): 16-31.
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Gehring, Thomas, and Eva Ruffing. “When Arguments Prevail Over Power: The CITES Procedure for the Listing of Endangered Species.” Global Environmental Politics, Vol. 8, No. 2 (2008): 123-148.
Government of Japan. “Cooperation under the FAO-CITES 2006 MOU, with Special Reference to the Scientific and Technical Evaluation of Commercially Exploited Aquatic Species Listing Proposals.” SC69 Doc. 71.1.
Nye, Joseph S., Jr. The Future of Power. New York: PublicAffairs, 2011.
Sand, Peter H. “Enforcing CITES: The Rise and Fall of Trade Sanctions.” Review of European Community & International Environmental Law, Vol. 22, No. 3 (2013): 251-263.
Vincent, Amanda C.J., Yvonne J. Sadovy de Mitcheson, Sarah L Fowler, and Susan Lieberman. “The role of CITES in the conservation of marine fishes subject to international trade.” Fish and Fisheries (2013): 563-592.
Young, Margaret, A. “Protecting Endangered Marine Species: Collaboration Between Food and Agriculture Organization and the Cities Regime.” Melbourne Journal of International Law, Vol. 11, No. 2 (2010): 441-491.
金子与止男「ワシントン条約(CITES)とは」、中野秀樹、高橋紀夫編『魚たちとワシントン条約:マグロ・サメからナマコ・深海サンゴまで』文一総合出版(2016年)、7 – 27頁。
阪口功「日本の環境外交―ミドルパワー、NGO、地方自治体」『国際政治』第166号(2011年)26 – 41頁。
阪口功「ワシントン条約と魚」、片野歩、阪口功『日本の水産資源管理』慶應義塾大学出版会(2019年)、251 – 273頁。
仙波靖子「サメ類掲載問題」、中野秀樹、高橋紀夫編『魚たちとワシントン条約:マグロ・サメからナマコ・深海サンゴまで』文一総合出版(2016年)、159 – 172頁。
中野秀樹「ワシントン条約とサメ」『遠洋』第102号(1998年)、2 – 7頁。
中野秀樹、北村徹、松永浩昌「サメ保護問題と資源管理」『日本水産学会誌』第74巻2号(2008年)、222 – 225頁。 

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IWCでの妥協案の模索と挫折(1997~2010):決裂は不可避だったのか [クジラ]

 報道されています通り、6月30日に日本は国際捕鯨委員会(IWC)を脱退し、7月より商業捕鯨を排他的経済水域内で実施する予定です。調査捕鯨、南極海捕鯨から撤退し、200カイリ内のみで操業することとなります。
 ところで、「調査捕鯨・南極海捕鯨から撤退する代わりに、200カイリ内のみで捕鯨を行う」というのは実のところ、IWCに留まるかたちで合意が可能なのではないかと思われるほぼ唯一の妥協案ではないかと関係者の間で言われてきました。もしそうだとすると、日本の脱退は何の意味もなかったことになります。これに関するエッセイをニューズレターに書いてみましたので、今回はそれをここにもアップしてみました。結論から先に言いますと、日本は「公海からの撤退、200カイリでの商業捕鯨再開」という妥協案が提示されていたにもかかわらずこれを拒否したこと、そうこうしているうちに捕鯨船はどんどん老朽化、結局立ち行かなくなり「IWCからの堂々脱退」というフレーミングの下、IWCで交渉していたら得られたはずの案を脱退によって実現するという倒錯的状況に陥ったことを記しています。や長いのですが、ご関心おありの方は是非。

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【IWC第67回総会(2018)の模様】

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IWCでの妥協案の模索と挫折(1997~2010):決裂は不可避だったのか
真田康弘(早稲田大学地域・地域間研究機構 研究院客員准教授)
『IKA Net News』第73号(2019)4~17頁。

1. はじめに

 2018年12月26日、日本政府は国際捕鯨取締条約からの脱退を条約寄託国である米国政府に通告した。条約の規定に基づき、日本は2019年6月30日付で国際捕鯨委員会(IWC)から脱退することになる。日本は7月1日から商業捕鯨を開始するとの意向を表明している。
 広く報道されているように、商業捕鯨再開が予定されているのは日本の排他的経済水域に限られる。これまで日本は国際捕鯨取締条約第8条を援用し、科学調査目的として南極海(ミンククジラ333頭)及び北西太平洋(ミンククジラ170頭、イワシクジラ134頭)で捕獲してきたことと比較すると、操業海域は大幅に縮小することになる。再開する商業捕鯨では「IWCで採択された方式で算出された枠で管理」する旨長谷水産庁長官は表明している(1)が、IWC科学委員会の作業部会で2013年に暫定的に推算された北太平洋ミンククジラの捕獲枠は17~123頭とされており(2)、これは200カイリはもとより公海も含んでいること等を鑑みると、IWCの算出方式を厳格に適用する限り、捕獲頭数の減少は免れない。捕獲頭数算定については、変数をIWC科学委員会で採用しているものから緩めに調整して頭数を増やすことも考えられるが、調査捕鯨時から捕獲頭数が大幅に増えるとは、やはり考え難い。
 脱退により日本は公海からの捕鯨から撤退することになるが、これまで多くの識者から「公海での捕鯨を諦める代わりに、排他的経済水域内での商業捕鯨を認める」というのはIWC内で成立し得る数少ない妥協案であると言われてきた。1997年に当時のIWC副議長であったアイルランド代表のマイケル・カーニーから提示された提案である。これについて日本の交渉担当者は「日本は拒否していない」「『満足はしていないけれども、提案そのものは議論のベースになる』という言い方をし(た)(3)」「妥協に向けた対話に前向きに応じていた(4)」としている。もしそうであったとすると、「公海撤退と引き換えの200カイリ操業」妥協案の失敗は反捕鯨国の頑なな反対のためと捉えられ、ゆえに脱退はやむを得ない選択だった、ということにもなり得る。他方、反捕鯨国側にも妥協案を受け入れる余地があり、むしろ頑なに拒否をしたのは日本であったとするならば、妥協の機会を日本はむざむざ逃してしまったことになる。実際はどうであったか。この点を探ってみることとしたい。

2. アイルランド妥協案と日本の対応

 1982年に商業捕鯨モラトリアムが採択されて以降、IWCでは捕獲枠算定方式のための交渉が続けられ、この結果1994年に「改定管理方式(Revised Management Procedure: RMP)」と呼ばれる新方式がIWCで採択された。IWCでは監視員制度などの新たな規制メカニズム「改定管理制度(Revised Management Scheme: RMS)」を策定するための交渉が1992年に採択された決議を契機に開始されていたが、交渉は難航し、捕鯨推進国と反捕鯨国の間で議論は平行線を辿っていた。
 こうしたなか、交渉打開を図るべくアイルランドのカーニー副議長が1997年のIWC本会議で提案したのが、いわゆる「アイルランド提案」と呼ばれるものである。その骨子は以下のようなものとなっている。

① RMSを完成し採択する。
② 現在の捕鯨操業国に限り、排他的経済水域内での捕鯨を容認する。
③ その他全ての海域は、捕鯨が全面的に禁止される「サンクチュアリ」とする。
④ 鯨肉の消費は捕獲された地域内に限定し、輸出入を行わない。
⑤ 調査捕鯨は段階的に廃止する。
⑥ ホエールウオッチングについての規制を行う。

 当時先住民捕鯨以外のIWC加盟捕鯨操業国は日本(調査捕鯨)とノルウェー(異議申立てに基づく商業捕鯨)のみであったが、これらにはIWCの規制の手が及んでいない。両国に限定的な捕鯨を認める一方で全ての捕鯨をIWCの規制の下に置くことがアイルランド提案の趣旨であった。1997年のIWC会合でアイルランドは正式な提案としてではなく口頭でアイルランド提案の骨子を説明、「捕鯨はゼロとする極と全面的な商業捕鯨との極の間に、中期的に捕鯨を制限するという全ての締約国によりコンセンサスが得られる余地があるように思われる」と指摘、自らの提案に対して追加の提案や修正にも吝かでないとし、コンセンサスに至る可能性があるならば、正式に提案を次回の会合で上程したいと発言した(5)。
 この提案に対し、先住民生存捕鯨国のデンマークは「アイルランドのイニシアティブとアイデアを原則として評価する」と提案に前向きな姿勢を表明、スウェーデン、ドイツ、メキシコ、オマーン、南ア、オランダ、スイスも提案を評価する旨発言した。他方ブラジル、チリ、アルゼンチン、モナコ、スペイン、フランス、英国、米国、オーストラリアは提案に慎重な姿勢を示し、ニュージーランドは提案に対して否定的な見解を表明した。また英国、米国、オーストラリアはいかなる形での商業捕鯨にも反対するとの立場を示した(6)。
 この会議で日本は「アイルランド提案に関する加盟国の生産的な議論を歓迎する」とする一方「いかなる新たなイニシアティブや提案も、入手可能な最善の科学的証拠に基づく持続的利用等の国際捕鯨取締条約のという根本原則を尊重しなければならない」との発言を行っている(7)。一見アイルランド提案を評価しているようにも聞こえるが、実際のところ水産庁の交渉担当者はアイルランド提案の骨子である公海での操業取りやめを検討するつもりは全くなく「論外、笑止千万の提案」「到底受け入れられない」との考えであった(8)。1997年のIWC年次会議に先立ち開催された自民党捕鯨議連でも「アイルランドの公海捕鯨禁止提案は科学的根拠が不明でIWC条約に反する」と玉澤徳一郎会長が強調、これを決して認めさせないことが確認され、この場に出席した島一雄IWC日本政府代表も「アイルランド提案は必ず斥けないといけない」と力説している(9)。

 アイルランド提案については、1998年2月に開催された中間会合、5月にオマーンで開催されたIWC年次会合でも引き続き討議された。中間会合ではアイルランド提案をベースに妥協案を成立させようとする中間派の国々が勢いで上回り、同提案に関する協議を継続することで合意したが、捕鯨国である日本とノルウェーは公海捕鯨の禁止に反対であるとの姿勢を明確にしていた(10)。
カーニーがIWC議長に就任した1998年5月の年次会合では、米国やオーストラリアは、アイルランド提案は妥協案の基礎にはなり得ないと否定する立場を表明したが、スウェーデン、スイス、オランダ、フィンランド、チリ、メキシコ、南アからアイルランド提案をベースに妥協案を策定すべきとの声が相次いだ。さらに興味深いことは、反捕鯨の立場をもっとも強く示すニュージーランドや英国からもアイルランド提案をもとに交渉すること、限定的な沿岸捕鯨の操業についても話し合う用意があるとされたことである。やや長くなるが、ニュージーランドの発言を以下引用してみよう。

「簡単に申し上げますと我々は話し合う用意がありますし、これは今テーブルに上がっている全てに関して話し合い、何らの前提条件も留保もつけないということを意味しております。こう申し上げるのは私にとって危険を伴うことでありました。しかし我々のよく知られたポジションにもかかわらず、我々は話し合う用意がありましたし、それに如何なる前提条件を付けるものでもありませんでした。我々の抱える問題を解決し得るプロセスを促進しようと考えたからです。しかしながら議長、対話と議論は一方の当事者のみでは成立しません。より正確に申し上げますと、議論の一方の当事者の参加だけでは成立しないのであります。モナコでの会議以降、私は他方の当事者から、全ての問題について前提条件を付けず話し合うというサインを待っておりました。そのサインがなければ、対話も行われませんし、そのプロセスもありませんし、いかなる解決策も導かれません。  議長、言葉というものは時としてたやすいものです。アイルランド提案を歓迎しますと言っただけで、これで十分と座って動かない、というのは十分ではないのです。誰もがアイルランド提案を歓迎しています。問題は、双方が具体案を話し合う意思があるのかという点なのです。私たちには確実にその意思があります。議長、もし議長が提案されたプロセスを我々として継続するのであるならば、意味のある回答が必要である、そのような段階に来ているのです。我々はそれがなければ継続することはできません。私は今、それを言うことが私自身にとって難題をもたらすにもかかわらず、沿岸捕鯨について話し合う用意がある、そう申し上げました。ではノルウェーは貿易(の制限)について話し合う用意があるでしょうか。(中略)日本は少なくとも南極海の捕鯨を終了することや、調査捕鯨をやめることを話し合う用意がおありでしょうか。公海の捕鯨を禁止することについて話し合う用意がおありでしょうか。これらは議長のパッケージ提案に含まれている要素です。私が提起したものではなく、議長の提案にあるものです。この委員会には妥協点の余地が大いにあり、委員会でこうした問題が討議されることが望まれています。繰り返しますが、我が国はこうした問題を話し合う用意があります。もし一方の側にも同様の話し合う用意があるのであれば、対話は成立し、このプロセスは進むこととなります。しかし、もしその用意がないのであれば、結論も得られることはありません。(11)」


 これに対してノルウェーは、妥協しようとしないのはむしろニュージーランドなどの側のほうだ、反捕鯨国は捕鯨国に全てを諦めさせ、自分たちは何も譲ろうとはしていないと主張。島一雄日本代表も以下のよう反論した。

 
「ニュージーランドのコミッショナーは先ほど、日本やノルウェーの側からのサインがないと仰いました。しかしここで指摘させて頂きたいのは、ニュージーランドからもそうしたサインがないという点であります。例えば、彼らの態度はカリブ諸国の提案による日本の小規模沿岸捕鯨に対する決議に対する態度からも明らかとなりました。こうした提案を拒否することは善意を示すものではないように思われますし、むしろそれはおそらく敵意を示しているのではないでしょうか(12)」


 これに対して英国代表は以下のように答えている。

 
「この会議場に座っているなかで、私の立場はニュージーランドと全く同一であると申し上げることに、幾ばくかの緊張を覚えます。英国は対話を行う用意があります。議長の提案のなかには我々にとって多大な問題となるところがあると考えていることを隠すつもりはありません。しかし、我々は全ての可能な解決策を検討する用意があります。しかし島代表のご発言をお聞きしたところ、進展が可能であるかといことについて確信が持てないということを申し述べておかなければなりません。  英国に限らず大多数の国々にとってカギとなるのが公海の捕鯨であり、とりわけ調査捕鯨であると思われます。日本が本当にこれを諦める準備がない限り、合意が可能とはならないでしょう。 この点につき誤解しないで頂かないように存じたいのですが、英国政府も沿岸捕鯨を含む解決策を受け入れるかどうか、私には確信が持てません。その点については率直に申し上げたい。しかし公海捕鯨を含む解決案を英国政府が受け入れることは絶対にありえないし、それこそが鍵となってくるということについては絶対の確信を有しております(13)」


 以上の発言から示されるように、米国とオーストラリア等強硬な反捕鯨国は除くと、ニュージーランドや英国も含める形で「捕鯨の操業を排他的経済水域に限定する」というアイルランド提案に基づく妥協が成立した可能性はあり得たと考えられよう。しかしながら公海からの撤退の「受け入れは不可能(14)」とする日本側はこれを拒否、話し合いは物別れに終わった。1999年と2000年にもアイルランド提案についての議論は行われたが、何らの進展も見られず。2001年のカーニー議長の退任をもって、アイルランド提案はIWCが消えることとなった。
 日本がアイルランド提案を受け入れようとしなかった理由としては、公海捕鯨の操業停止は自らの経営基盤を揺るがしかねないことから強く反対する捕鯨関係者の意向、商業捕鯨再開を推進する与党国会議員の意向が反映されたことが挙げられよう。また「『科学的根拠』や条約を重視した鯨類資源の持続的利用をすることを基本方針とする(15)」とし、ミンククジラ資源は豊富であると考えていた南極海からの撤退などあり得ないと政策担当者が考えていたことも挙げられよう。
 日本などがアイルランド提案の興味を示さなかった背景としては、ワシントン条約での鯨類附属書格下げ提案についての動向も考えられよう。1997年6月に開催されたワシントン条約第10回締約国会合では、日本とノルウェーよりミンククジラ等について商業的輸出入が禁止される附属書Ⅰから附属書Ⅱに格下げする提案が上程、いずれも採択に必要な3分の2の多数を得られなかったものの、ノルウェーの北大西洋ミンククジラ格下げ提案は賛成57、反対51と過半数を上回る支持を獲得した。「予想外の支持を集めることができた(16)」と捉えた日本側は、むしろIWCで攻勢を強め、沿岸はもとより公海での商業捕鯨再開を勝ち取る方針を強めたのではないかとも考えられる。
 
3. 「RMSパッケージ」議長提案(17)

 第二のIWCにおける妥協案策定の試みは、カーニー議長が議長を退任した2000年に副議長に選任され、2003年のIWC終了時に議長に就任したデンマークのヘンリク・フィッシャーの下で2004年より提起された「RMSパッケージ」提案である。捕獲管理・監視メカニズム等を含むRMSのための交渉は2000年代に入っても捕鯨推進国と反捕鯨国の間で合意形成に至らず、交渉が継続していた。そこで副議長として臨んだフィッシャーは2003年のIWC年次会合でRMSに関する小グループを自らの権限で設置したのである。フィッシャーはデンマーク、アイスランド、アイルランド、日本、オランダ、スペイン、スウェーデン、米国、を小グループのメンバーに招請し、2003年12月と2004年3月に会合を開催(アイルランドは他用務多忙のため欠席)、ここでの議論を基に「RMSパッケージ」提案を2004年のIWC年次会議に提出した。このパッケージ提案は以下のような内容となっている。

① 捕獲枠はRMPに基づき科学委員会で合意され委員会で承認されたものとする。
② 商業捕鯨が再開された場合、最初の5年等の期間は操業を排他的経済水域内に限定する(フェーズイン・アプローチ)。
③ 原則として全ての船に監視員を乗せるが、日帰りの小型船については「舶位置監視システム(Vessel Monitoring System: VMS)」で監視員に代える。
④ 違法漁獲を防止する措置として、各国でDNA登録と市場サンプリングを行うとともに、IWCで非加盟国・IWC加盟の非捕鯨国からのクジラの輸入を行わない旨求める決議を行う。
⑤ 遵守レビュー委員会を設置する。
⑥ RMSの実施費用については、各国の活動にかかわるもの(国内監視員、DNA登録及び市場サンプリング等)に関しては関係国政府が負担し、透明性の確保のための国際的な費用(国際監視員、各国におけるDNA登録及び市場サンプリングに関するレビュー等)に関してはIWC加盟国間で費用を負担する。
⑦ RMSの完成と商業捕鯨モラトリアムの解除をリンクさせるため、特定の日に商業捕鯨モラトリアムを規定した附表10(e)項が無効となるよう附表を修正する。
⑧ 調査捕鯨については、国際捕鯨取締条約でその実施が各締約国の権限として認められているので、法的拘束力を有さない「行為規範(Code of Conduct)」を策定する。
⑨ 「クジラの捕獲は不必要な苦しみを与えないようにする」旨の文言を附表に追加する等により動物福祉問題に配慮する。

 2004年にイタリアのソレントで開催されたIWC年次会合にフィッシャー議長は病気のため欠席したが、「RMSパッケージ」提案自体は審議された。ここでは小グループ参加国、反捕鯨国でも穏健な立場を取る国々(スイス、フィンランド、モナコ)、捕鯨国及び捕鯨再開を支持する国々を中心に、「RMSパッケージ」をベースに今後検討を進めるべきとの声があがる一方、小グループに招かれなかったニュージーランドは現在のままの「RMSパッケージ」は到底受け入れられないと主張した。同じく小グループに招かれなかったブラジル、アルゼンチン、ペルー、南アフリカは、南半球の加盟国が小グループに入っていないと問題視した。
 個々の「RMSパッケージ」の中で最も議論を呼んだものが、RMSの完成と商業捕鯨モラトリアムの解除をリンクさせるという点と、調査捕鯨についてであった。前者についてはドイツ、ブラジル、ニュージーランド、英国、オーストラリア、ベルギー、モナコが両者のリンク付けに強く反対し、後者についてはドイツ、アイルランド、南ア、英国、ニュージーランド、米国から、法的拘束力のない「行為規範」のみでは不十分とする意見が提示され、アイルランドや米国は調査捕鯨の中止を求めた。ニュージーランドは調査捕鯨の根拠条文となっている条約8条は「条約の中で最も乱用された規定である」として条約の改定を提案、これに対し日本から「ニュージーランドがそう思うなら国際司法裁判所に訴えればよいではないか」と反論している。
 こうした結果を受け、2004年のIWC年次会議では「RMSパッケージ」を進展させるため、RMSワーキンググループと小ドラフティンググループを設置し議論を進めるとの決議案がコンセンサスで採択された。しかし議長提案のいずれの項目についてもいずれかの国から異論が提示された結果、パッケージに含まれる選択肢が増えるだけの結果に終わり、RMSパッケージの策定に失敗した。2005年に韓国・蔚山で開催されたIWC第57回年次会議では日本が独自案を提出するも反対多数で否決、以降もRMSワーキンググループ及び小ドラフティンググループでの作業は続けられたが、議論が袋小路に至った点が合意されたのみの結果となり、2006年にセントキッツで開催されたIWC第58回年次会議でRMS策定に向けた試みは事実上停止した。
 「RMSパッケージ」交渉では、捕鯨推進国はできるだけ商業捕鯨の再開に負担とならないメカニズムの構築を志向する一方、反捕鯨国側は出来る限り保護的なRMSを求め、双方の溝は収斂するどころかむしろ広がった。相互に対する不信感は根強く、捕鯨推進国側はRMSの完成と商業捕鯨モラトリアムの解除をリンクさせるべきだと譲らず、他方反捕鯨国は、商業捕鯨モラトリアムを解除すれば商業捕鯨再開後に自らの意に沿わない捕獲枠等がIWCで採択された場合異議を申し立てるのではないかと危惧し、相互のリンクを認めようとはしなかった。また、調査捕鯨は条約上の権利であるとしてその継続を譲らない日本と、調査捕鯨の終了あるいは法的拘束力を伴う規制を求める反捕鯨国側は最後まで折り合わなかった。

4. 「IWCの将来」プロセスと議長・副議長案(2010年)

セントキッツ宣言・「正常化」会合とPewシンポジウム

 こうして捕鯨国と反捕鯨国が鋭く対立するなか、2006年のIWC年次会合では商業捕鯨モラトリアムは「もはや必要でない」とし「IWCの正常化」を目指すと謳った「セントキッツ宣言」が賛成33票(日本、アイスランド、ノルウェー、ロシア、デンマーク、カリブ諸国、韓国、ニカラグア等)、反対32票(欧州諸国、アルゼンチン、ブラジル、チリ、メキシコ、米国、オマーン等)、棄権1票(中国)と1票差で採択された。2000年代に入り日本がアフリカや太平洋島嶼国等から捕鯨支持の立場からの新規加盟を勧奨、対して鯨類の保護を重視する側からはEU加盟国を中心に新規加盟が増加したが、トータルでは捕鯨支持側の加盟が上回った結果であったと言える。
 2006年のIWC年次会合では、「セントキッツ宣言」の採択に先立ち日本より、捕鯨の再開に前向きな国だけを対象としたIWC正常化のための会合を開催するとの意向が表明されていたが、この「IWC正常化」会合が2007年2月に東京で開催された。その一方、NGOのPew財団(Pew Charitable Trusts)が中心となり、ニュージーランドのジェフリー・パーマー元首相が議長を務めたシンポジウムが2007年4月ニューヨークで開催された。このシンポジウムには捕鯨国、反捕鯨国、NGOなどが出席、袋小路に至った現状を打開するため、新議定書の策定やアイルランド提案の再考、RMSの構築などのアイデアが提示された。

ホガース議長のイニシアティブ

この議論を受け、2007年にアンカレジで開催された第59回IWC年次会合では議長を務めた米国のビル・ホガース氏より中間会合の開催が提案、これが了承された。2008年3月英国ヒースローで開催されたこの会合では、捕鯨支持国、反捕鯨国双方の信頼熟成を図るため議題は手続き問題に絞られ、米ハーバード大学ケネディ校のカレスタス・ジュマ教授など外部専門家3名が招聘され、議論が行われた。同2008年6月にチリのサンチャゴで開催された第60回IWC年次会合では、中間会合での議論を受け議事手続規則改正を行うことで合意、①できる限りコンセンサスでの合意を目指し、表決は最後の手段とすること(議事手続規則E.柱書)、②全ての附表修正案及び決議案は年次会合開催60日前までに加盟国に回章すること(議事手続規則J.1)、③会議直前に新規加盟した国が直ちに表決権を有することを防ぐため、加盟後30日を経過しなければ表決権を有さないこと(議事手続規則E.2.(b))、④加盟国のなかに仏語圏及びスペイン語圏が多数含まれていることを考慮し、英語に加え両言語も本会議での作業言語とし、同時通訳をつけること(議事手続規則N.1)、とされた(④の作業言語以外については2009年より実施)。さらに、「IWCの将来に関する小作業部会」を設置し合意パッケージ案を策定し2009年のIWC年次会議に提出することが合意された。

デソト提案

 同小作業部会の議長には2008年3月のヒースロー中間会合で外部専門家として招聘された元国連中東特別調整官のアルバロ・デソト(Álvaro de Soto)が就任、2008年9月と2008年12月に会合を開催した。ここでの議論を踏まえデソト作業部会議長は、最も重要な論点なっている(1)日本の小型沿岸捕鯨、(2)調査捕鯨、(3)サンクチュアリについて5年間の期限付きの暫定案を提示し、この5年間のうちに5年目以降の取り決めについてどうするか検討するという二段階のアプローチを提案した(18)。

(1) 日本の小型沿岸捕鯨
日本の沿岸のミンククジラO系群に対し、5年間の暫定捕獲枠を設定する。操業は太地、網走、鮎川、和田で合計5隻にのみ認められ、日帰りの操業とする。全ての鯨肉は地方で消費される。
(2) 調査捕鯨
5年の暫定期間中、調査捕鯨での捕獲頭数を大幅に減少させる。
① オプション1
南極海に関して、科学委員会のアドバイスの下、5年間で毎年20%ずつミンククジラ捕獲を減少させ、5年目でゼロにする。ナガスクジラとザトウクジラの捕獲は行わない。
② オプション2
科学委員会のアドバイスの下、南極海でミンククジラとナガスクジラ、北太平洋でミンククジラ、イワシクジラ、ニタリクジラ、マッコウクジラについて捕獲枠を設定する。
(3) サンクチュアリ
5年間の期限付きで南大西洋サンクチュアリを設定する。6年目以降にサンクチュアリを延長する場合はIWCで4分の3の賛成票を必要とする。

 デソト小作業部会議長の提案は2009年3月にローマのFAO本部で開催されたIWC中間会合で議論された。ここでオーストラリアから「調査捕鯨を終了するとのコミットメントがない限り妥協案には賛成できない」、ニュージーランドより「調査捕鯨が最も重要な問題。とりわけ南極海での調査捕鯨を可及的速やかに中止すべき」、ブラジルから「公海、最低限でも南極海からの捕鯨は段階的に廃止すべき」、EUを代表し発言したチェコも「調査捕鯨を終了させる提案を支持する」との意見が提示される一方、日本は南極海での調査捕鯨を最終的に廃止するオプション1は「IWCの精神に反する」と受け入れない姿勢を示すなど、調査捕鯨が妥協案で最も重要な要素となることがより明瞭となった(19)。
 2009年6月ポルトガル自治領のマデイラ島で開催された第61回IWC年次会合ではオーストラリアより、科学委員会が鯨類の科学調査に関する優先順位等を行い、捕獲を伴う調査は科学委員会の承認がない限り認められるべきではないとする提案を提示、英国、メキシコ、チリ、ブラジル、アルゼンチンがこの提案を歓迎するとともに調査捕鯨問題についてより詳細な議論が必要とする一方、日本は調査捕鯨の段階的廃止は妥協案策定プロセスを破壊するとして強く反対、アイスランド、ノルウェー、韓国も懸念を表明した(20)。同年のIWC年次会合では小作業部会をもう1年延長して設置するとともに、小作業部会の作業を補助するサポート・グルーブの設置が合意された。メンバーにはアンティグア・バーブーダ、豪州、ブラジル、カメルーン、ドイツ、アイスランド、メキシコ、ニュージーランド、セントキッツ、スウェーデン、米国が選ばれ、同グループ議長にはニュージーランドのジェフリー・パーマー(Geoffrey Palmer)元首相が就任した。なおホガースは同年でIWC議長を退任、後任にはチリのクリスチャン・マキエラ(Cristian Maquieira)が、副議長にはアンティグア・バーブーダのアンソニー・リバプール(Anthony Liverpool)が選任された。

マキエラ議長・リバプール副議長案

 サポート・グルーブは2009年10月(於サンチャゴ)、12月(於シアトル)、2010年1月(於ホノルル)で会合を開催、ここでの議論に基づき合意素案が策定された。この妥協案は2011年から20年の暫定期間を設定し、その期間をカバーするもので、骨子は以下の通りである(21)。

(1) 全ての捕鯨をIWCのコントロール下に置く。10年の暫定期間の間、調査捕鯨や異議申立てに基づく一方的に決定した捕獲を捕鯨国は行わない。
(2) 捕鯨は現在時点で操業を行っている国に限定する。
(3) 10年間の期限付きで南大西洋サンクチュアリを設定する。
(4) 10年間の暫定捕獲枠を設定する。捕獲頭数は現在のそれより大幅に削減するものとし、もし科学委員会により捕獲頭数削減が提案された場合、これを行う。
(5) 商業捕鯨モラトリアムは維持する。
(6) IWC本会議を隔年開催とする。
(7) 本会議の下部機関として、①科学委員会、②保存計画委員会、③管理遵守委員会、④財政運営委員会、を設置する。

 チリでの地震のため会議を欠席したマキエラ議長に代わり、リバプール副議長が議長役を務めるなか、2010年3月2日から4日にかけて小作業部会がフロリダで開催され、この場でサポート・グルーブ議長であるパーマーより合意素案が紹介された。パーマーは①10年の暫定期間に適用される附表修正提案を作成したこと、②この10年の暫定期間を用い、そもそも商業捕鯨が容認されるべきか、調査捕鯨の援用根拠となっている条約第8条をどうするのか、異議申立てを認めるのかといった条約の改正を必要とする根本的な問題を話し合うようにすること、等の合意素案の意図を説明するとともに、10年の暫定期間に関する捕獲枠の数字は各国の意見の開きがあるため記入されていないが、現在の捕獲頭数より大幅に削減しなければならない、この機会を逃してしまえば、今後20年は妥協案の策定の試みはされないだろうと述べ、妥協案の成立の必要性を各国に強く訴えた(22)。
 小作業部会開催後サポート・グルーブはワシントンで4月に再び会合を開催した。しかし捕獲頭数をどのように設定するかについてサポート・グルーブ間でのコンセンサスはついに成立せず、結局妥協案の作成はマキエラ議長はとリバプール副議長に委ねられ、この結果作成された議長・副議長案が4月に公開された。この案では、南極海のミンククジラは最初の5年間(2011~2015)は年間400頭、次の5年間(2016~2020)は200頭、ナガスクジラは最初の5年間は年間10頭、次の5年間は年間5頭、北太平洋についてはミンククジラ年間160頭、イワシクジラ年間50頭、ニタリクジラ年間12頭、との頭数が示されている。捕獲枠は現行の調査捕鯨より大幅に削減されるが、最終的なフェーズアウトは盛り込まれなかった。妥協案発表後マキエラ議長は「交渉は極めて複雑で厳しいものになると思うが、ポジティブな結果に終わることを期待している」として何らかの合意が成立することを「楽観している」と期待を込めた(23)。

豪州、EU、ラテンアメリカ諸国の動向

 しかしサポート・グルーブ等を通じて策定された妥協案に対して、最も強硬な反捕鯨国の一つであるオーストラリアから強い反対の意思が表明された。3月に開催された小作業部会での席上でオーストラリアは、①全ての捕鯨についてタイムフレームを設け捕獲枠を削減し、南極海では5年以内に捕獲枠をゼロにする、②資源状況が脆弱なものについては直ちに捕獲をゼロにする、③サンクチュアリでの捕鯨を禁止する、⑥捕獲を伴うものも含め、科学調査をIWCの下で監督する、等を骨子とする対抗案を提示した(24)。同国はさらに2010年5月、日本の南極海での調査捕鯨は国際捕鯨取締条約に違反するとして国際司法裁判所に提訴した。
 2006年の「セントキッツ宣言」採択により危機感を有したEU諸国はIWC非加盟のEU諸国に対しIWC加盟を勧めるとともに、2007年12月にEU理事会は捕鯨問題に関する共通のポジションを策定、2008年のIWC以降EU加盟国は共通の方針で臨んでいた。2010年時点でIWC加盟EU諸国は25か国となり、法的拘束力を有するIWC附表修正をブロックできる4分1を超える最大勢力となっていた。
2008年11月にEU理事会が決定したIWC対処方針では、①調査捕鯨を終わらせる提案に賛成する、②長期的な保全状態の改善が見込まれ、かつ全ての捕鯨活動がIWCの管理下に置かれない限り、日本の小規模沿岸捕鯨等の新たな捕鯨のカテゴリーを設定する提案を認めない、等とされていた(25)。調査捕鯨の継続は受け入れられないとの立場である一方、沿岸捕鯨については含みを持たせたポジションであると言える。
 議長・副議長案が明らかになった後の6月11日に開催されたEU環境理事会では、デンマークなどがこれを支持するよう求めた一方、英国は「先住民による部分的な捕鯨以外は認められない」と主張、ドイツ、オーストリア、ベルギー、アイルランドも議長案へ反対するとの立場を表明(26)、この時点で意見の一致に至らなかった。「全ての捕鯨を終わらせるタイムテーブルを採択すべき」と主張するフランスのジャン=ルイ・ボルロー環境相も当時のEU議長国スペインに対し、こうした立場を取るよう働きかけを行った(27)。結果IWC年次会合直前にようやく決定したEUの共通方針では①南極海での全ての捕鯨は可及的速やかに合意されたタイムフレーム内で段階的に縮小し捕獲をゼロにする、②北半球での捕獲頭数を削減し、最終的な目的として合意されたタイムフレーム内で商業捕鯨モラトリアムに合致しない捕鯨を終了するようにする、③鯨肉の国際取引を行わない、等がオープニング・ステートメントに盛り込まれた(28)。一切の商業捕鯨は認められないという英国やフランスなどの主張の結果、北半球でも捕鯨の禁止を求めるという意味で、より保護側に傾斜したものとなっている。他方、これはあくまでも長期的な目標であることから、ゼロ以外の捕獲枠も容認し得るものとなっている。デンマークやスウェーデン等穏健派諸国の意向を汲んでいるとも解釈されよう。
 反捕鯨国側でEUに次いで大きな勢力に成長していたのがラテンアメリカ諸国である。2005年11月、ラテンアメリカのIWC加盟7カ国(アルゼンチン、ブラジル、チリ、メキシコ、コスタリカ、ペルー、パナマ)及び非加盟2カ国がアルゼンチンのブエノスアイレスで国際捕鯨問題に関する会合を開催、鯨類の非致死的利用、調査捕鯨の廃止等を謳った「ブエノスアイレス宣言」を採択、以降IWCでは「ブエノスアイレスグループ」として共通のポジションを取るようになったからである。
2010年6月に開催されるIWC年次会合に際しても「ブエノスアイレスグループ」として共通の方針を立てるため、5月にコスタリカで会議が開催された。ラテンアメリカ14か国から計25のNGOも集結、議長・副議長案に対し「重大な懸念」を表明、むしろオーストラリアの対抗提案こそ推進すべきであるとの声明を発表した(29)。こうしたNGOの声を受け、議長・副議長案は「ブエノスアイレスグループの期待を遥かに下回る」とし、暫定期間の10年のうちに南極海での捕鯨を段階的に削減し最終的にゼロとすることが妥協の「必須条件(sine qua non)」とする共同ステートメントを発表するに至った(30)。チリ国内でも上院議員2名がマキエラ議長の解任を要求(31)、結局マキエラは6月に開催されたIWC年次会合を「病気」のためとして欠席することになった。

第62回IWC年次会合(2010)

 2010年6月21日からモロッコのアガディールで開催された第62回IWC年次会合には、今度こそ何らかの妥協案が成立するのではないかとの期待から、日本はもとより各国から多数の報道陣が詰めかけるなか開催された。民主党への政権交代に伴い、日本からも舟山康江政務官が代表団に加わった。もとよりNGOも多数参加、シンポジウム開催等により双方の歩み寄りを促してきたPewは会場で扇子を配布するなど、場を盛り上げた。
 会議に先立ちPew、グリーンピース及びWWFは共同ステートメントを発表、議長・副議長案については南極海サンクチュアリでの捕鯨中止や調査捕鯨を行わないこと等の修正が必要との立場を表明した(32)。これは一定の条件下であれば捕鯨の容認をも示唆するものであり、先住民捕鯨以外の一切の捕鯨を原則として認めないWDCS (Whale and Dolphin Conservation Society)や国際動物福祉基金(IFAW)等とは方針を異にするものであった。
 本会議では、欠席のマキエラ議長に代わりアンティグア・バーブーダのアンソニー・リバプール副議長が議事の運営に当たった。第1日目午前の開会セレモニーと議題の採択の後、議題は「IWCの将来」に移ったが、リバプール議長は合意を成立させるためとして休会を宣言、1日半を関係国間の非公式協議にあて妥協を模索することとなった。全加盟国を①ラテンアメリカ諸国(ブエノスアイレスグループ)、②EU諸国、③アフリカ諸国、④島嶼国、⑤オーストリア、ニュージーランド、モナコ、米国、モナコ、イスラエル、⑥スイス、ロシア、デンマーク、と6グループに分け、各グループについて日本、アイスランド、ノルウェー、韓国の代表がラウンド形式で交渉に当たった(33)。
非公開で行われた非公式協議で最大の論点となったのは、これまでの妥協案のための交渉でもそうであったのと同様、南極海での調査捕鯨継続の是非であった。オーストリア、EU、米国、ラテンアメリカ諸国は段階的廃止を求めたのに対し、「捕獲枠ゼロは認められない」(舟山康江農水政務官の発言)とする日本の間に、今回も妥協は成立しなかった(34)。反捕鯨国側が鯨肉は国内消費のみとするとすべきと主張したのに対し、アイスランドとノルウェーはこれに反対、ここでも合意は成立しなかった(35)。再開されたIWC本会議では1年間の冷却期間を置いて仕切り直しをすることが了承されたのみで、「IWCの将来」プロセスは事実上破綻するに至った。
 上記でも示されたように、この妥協案成立のためのカギとなったのはサンクチュアリに指定されている南極海での捕鯨をゼロにするか否かであり、もしこの条件を日本側が受け入れれば、2010年の段階で妥協の成立はあり得た可能性がある。Pew代表のスー・リーバーマンは「南極海鯨類サンクチュアリでの捕鯨を段階的に廃止することに関し日本が十分な柔軟性を欠いていたことが、合意成立を妨げた」と論評(36)、サポート・グループの議長としてこの「和平交渉」に深く関与したニュージーランドのパーマー元首相も「多くの反捕鯨国が感情的に抵抗して、冷静で理性的な分析や議論は不可能になった(37)」「日本は真のフレキシビリティと妥協に対する真の意思を示した(38)」としつつ、「調査捕鯨の維持という原則論に立ち、数字にこだわり過ぎた点はいただけない。…南極海での捕鯨をあきらめれば、沿岸捕鯨という実りを得られるかもしれない(39)」と日本の対応にも苦言を呈している。
 日本がこの段階で南極海からの捕鯨操業撤退というカードを切ることができなかった理由の一つとしては、オーストラリアなど強硬な反捕鯨国は商業捕鯨を一切認めておらず、ここで南極からの撤退によって太平洋での操業が暫定的に可能となったとしても、最終的には捕鯨の中止に追い込まれてしまうのではないかとの恐れがあったとも考えられよう。また、会議の交渉担当者であった森下丈二IWC日本政府代表が「反捕鯨派の立場はそもそも理不尽であり、一歩も譲る必要はないという思いが強い。妥協の模索は弱腰外交の表れであり、原理原則を貫き、妥協はおろか、反捕鯨国側の提案や試みに対してはすべて反対すべしという姿勢である」と指摘しているように(40)、一部の国会議員や関係者などから表明される強硬論が妥協を阻んだとも言えよう。

5. 小結

 以上簡単に1990年代後半から2010年までのIWCでの妥協案策定のための交渉を振り返ってみた。これら妥協案のなかでもアイルランド提案は、穏健な反捕鯨国はもとよりニュージーランドや英国からも交渉の用意があるとの姿勢が示されており、「南極海撤退の代わりに200カイリ内での操業を認める」との案が成立する可能性は相対的にではあるが高かったのではないかと想像される。他方2010年までの「IWCの将来」プロセスでは、ブエノスアイレスグループの結成やEUの共通ポジションの策定により立場の固定化が進み、妥協案の策定は相対的に困難となったと考えられる。しかしながら、2010年の交渉でも「南極からの撤退」が最大の論点となっており、これを受け入れていれば沿岸での商業捕鯨が再開された可能性は十分考えられる。「調査捕鯨中止、南極からの撤退」というカードを、日本側は効果的に利用することができなかった、と捉えられよう。
 2010年の「IWCの将来」プロセスの挫折以降、商業捕鯨を求める側と反捕鯨国との歩み寄りのための真摯な外交努力は試みられなかった。日本側は2014年以降、「クジラと捕鯨に関する立場の違いに起因する本質的な問題を議論」するとし、書面で反捕鯨国側に捕鯨問題に関する自国の基本的な態度の表明を求めるなどの努力を行ったとしている(41)が、基本的立場の相違や妥協のための最大の問題点がどこにあるかは2010年までの交渉で既に明白であり、「本質的な議論」アプローチは時間を無為に費やしたのみであった。
 こうしたなかでも捕鯨母船「日新丸」の老朽化が時を追って進み、代船建造の見込みも立たない。推進母体の日本鯨類研究所と日本捕鯨協会は2010年11月以降水産庁OBの役員受け入れを行っておらず、最悪なくなったところで役所に実害はない。そこで公海からの撤退を決断した、これが政策担当者の本心の一端なのではなかろうか。
 日本は2019年7月にIWCから脱退することになるが、国連海洋法条約では鯨類の管理は「適切な国際機関を通じて」行わねばならないと規定されている(第65条)。北太平洋で地域的鯨類管理機関を設立する試みは過去にも試みられてきたがいずれも失敗しており、設立に成功する可能性は極めて低い。こうしたなか排他的経済水域内だけであれ商業捕鯨を再開すれば、小松正之・元IWC日本政府代表代理が指摘するように「一種の違法、無規制、無報告(IUU)状態であると批判する国か非政府組織(NGO)が必ず現れる」であろう(42)。小松元代表代理のみならず島一雄元IWC日本政府代表も脱退という決定を「無責任の誹りは免れない」と批判している(43)。捕鯨の継続を支持する立場に立ったとしても、この脱退で失うものは多く、得るものは少ない。
 脱退で得られた数少ないものの一つと言えるのが、この政策判断に対する国内的支持である。与党は脱退をむしろ推進する側に回り、外務省の実施した世論調査では7割近くが回答者が脱退を評価している(44)。「IWCからの堂々脱退」というナショナリズム的レトリックの賜物であったろう。しかしながら脱退を主導した二階俊博自民党幹事長自身が述べている通り、捕鯨を推進する側から見ても、「堂々脱退」の真相は「まったくの惨敗(45)」としか呼べないものだった。
 必要だったのはナショナリズム的レトリックではなく、IWCを通じて沿岸捕鯨を認めさせるべく交渉を尽くすことではなかったのだろうか。そしてその際、「調査捕鯨の中止」「南極海での操業撤退」「排他的経済水域内のみでの操業」といったオプションを外交交渉におけるカードとして用いるべきではなかったのだろうか。結局のところ日本側はこれら全てのカードを自ら捨て去り、何の見返りもなく自ら交渉のテーブルから降りてしまったとも言えよう。外交的失敗との評価は免れないであろう。

脚注
(1) 「日本、商業捕鯨7月から再開 IWC脱退を正式表明」『水産経済新聞』2018年12月27日。
(2) IWC, “Report of the Working Group on the Implementation Review for Western North Pacific Common Minke Whales,” Journal of Cetacean Research and Management, Supplement No. 15, p. 120, Table 5.
(3) 森下丈二、佐々木芽生「日本はなぜ国際捕鯨委員会から脱退したのか 」『情報・知識&オピニオンimidas』、2019年2月19日。https://imidas.jp/jijikaitai/a-40-132-19-02-g712#header
(4) 『みなと新聞』2019年2月28日。
(5) IWC, 49th Annual Meeting (1997), Verbatim Record, pp. 29 – 30.
(6) Ibid., pp. 30 – 37.
(7) Ibid., p. 36.
(8) 「20日開会のIWC総会 公海での捕鯨全面禁止提案の動き 調査捕鯨も!?関係者ショック 反捕鯨国に脱退求め、反撃も」『東京新聞』1997年10月20日付。
(9) 「公海捕鯨禁止、断固阻止 自民党捕鯨議員連盟 アイルランド提案へ包囲網 日本の主張を貫徹」『みなと新聞』1997年10月9日。
(10) 「鯨公海聖域案に反対 ノルウェー漁業相が表明」『水産経済新聞』1998年2月20日。
(11) IWC, Verbatim record of 50th Annual Meeting, p. 163.
(12) Ibid., p. 664.
(13) Ibid., pp. 166-167.
(14) 岡本純一郎水産庁漁政部参事官の事前説明会での発言。「IWC年次会合控え 田中会長捕鯨再開へ不退転の決意 大阪で事前説明会開催」『みなと新聞』1998年4月26日付。
(15) 島一雄IWC日本政府代表の発言。「「科学的根拠」「条約」を重視 島・日本政府代表 IWC会議へ基本姿勢」『水産経済新聞』1998年4月23日。
(16) 八木信行水産庁資源管理部遠洋課課長補佐の発言。「科学に基づき地道に 大阪でもIWC説明会」『みなと新聞』1998年4月21日。
(17) RMSパッケージの内容と2004年開催の第56回IWC年次会合での議論については以下を参照。IWC, Annual Report of the International Whaling Commission 2004 (Cambridge: IWC, 2005).
(18) IWC, “Annual Report of the International Whaling Commission 2009,” pp. 70-71.
(19) Ibid., pp. 58-62.
(20) Ibid., pp. 10-11.
(21) “Chair’s Report to the Small Working Group on the Future of IWC,” IWC/M10/SWG 4.
(22) IWC, “Report of the fourth meeting of the SWG on the Future of the IWC,” IWC/62/6 Rev, Annex E.
(23) “Head of IWC optimistic on whaling deal,” Associated Press, May 27, 2010.
(24) Australia, “The Future of the International Whaling Commission: An Australian Proposal,” IWC/M10/SWG 5.
(25) European Union, “Council decision establishing the position to be adopted on behalf of the European Community with regard to proposals for amendments to the International Convention on the Regulation of Whaling and its Schedule,” COM(2008) 711 final, November 6, 2008.
(26) 「EU環境相理事会 商業捕鯨の一部再開案に反対意見(ロイターES=時事)」『水産経済新聞』2010年6月15日。
(27) Ministry for Ecology, Energy, Sustainable Development and Marine Affairs, “International Whaling Commission – Communiqué issued by the Ministry for Ecology, Energy, Sustainable Development and Marine Affairs, responsible for Green Technology and Climate Negotiations,” June 21, 2010.
(28) Opening Statement by Spain on behalf of the EU and its member states, IWC/62/OS Member Governments, pp. 23-25.
(29) Elsa Cabrera and Juan Carlos “Strategic Civil Society Victory: Latin American Countries Reject Whaling Proposal,” n.d., Centro de Conservación Cetace. http://www.ccc-chile.org/articulo-237-849-strategic_civil_society_victory_latin_american_countries_reject_whaling_proposal.html
(30) Buenos Aires Group, “VII Meeting of the Buenos Aires Group: Santo Domingo de Heredia, Costa Rica, May 18 to 20, 2010.”
(31) Aaron Cantu, “Chilean Senators want International Whaling Commissioner ousted,” MecroPress, June 11, 2010. https://en.mercopress.com/2010/06/11/chilean-senators-want-international-whaling-commissioner-ousted
(32) John Vidal, “Greenpeace and WWF give conditional support to commercial whaling plan,” The Guardian, June 21, 2010.
(33) 「アガディールIWC グループ協議、バイ協議通じ合意形成へ努力」『みなと新聞』2010年6月24日。
(34) 土佐茂生「IWC深まる溝 2日目も休会に」『朝日新聞』2010年6月23日。
(35) 会川晴之「IWC総会商業捕鯨先送り 議長案隔たり埋まらず」『毎日新聞』2010年6月23日。
(36) Marlowe Hood, “Japan blamed for collapse of whaling talks; Groups at stalemate,” National Post, June 24, 2010.
(37) 「苦くても沿岸捕鯨の実とれ IWCニュージーランド代表ジェフリー・バルマーさん」『朝日新聞』2010年7月23日。
(38) Richard Black, “Whaling 'peace deal' falls apart,” BBC, June 23, 2010. https://www.bbc.com/news/10389638
(39) 「苦くても沿岸捕鯨の実とれ IWCニュージーランド代表ジェフリー・バルマーさん」『朝日新聞』2010年7月23日。
(40) 森下丈二、岸本充弘「商業捕鯨再開へ向けて-国際捕鯨委員会(IWC)への我が国の戦略と地方自治体の役割について」『下関市立大学 地域共創センター年報』第11号(2018)、73頁。
(41) 同上、72-77頁。
(42) 「小松正之元IWC政府代表代理に聞く㊤ 大局観欠くIWC脱退 EEZ内捕鯨も非難の恐れ」『みなと新聞』2019年1月9日。
(43) 島一雄「IWC脱退について思うこと」『漁業と漁協』2019年2月号、14 – 17頁。
(44) 「捕鯨再開で世論調査」『読売新聞』2019年4月18日。
(45) 産経新聞電子版2019年12月26日。https://www.sankei.com/life/news/181226/lif1812260040-n1.html


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ワシントン条約海産種掲載提案に関するFAOの評価報告書 [国際会議]

 本年5月よりスリランカ・コロンボで第18回ワシントン条約締約国会議が開催され(私も出席予定)、うち海産種についてはサメ、ナマコに関する附属書掲載提案が出されています。
 これに関し、このほど海産種提案に関するFAO専門家パネル報告書が公開されました。附属書掲載については、ワシントン条約締約国会議決議Conf. 9.24 (Rev. CoP17)にその基準が詳細に定められており、FAO専門家パネルはこれに照らして提案が附属書掲載基準を満たすか否かについて検討を行ったもので、締約国会議でもこの結果がFAOより報告されます。というわけで、この結果を以下紹介してみます。

アオザメ(mako shark, Isurus oxyrinchus)附属書Ⅱ掲載提案
バングラデシュ、ベナン、ブータン、ブラジル、ブルキナファソ、カーボベルデ、チャド、コートジボワール、ドミニカ共和国、エジプト、EU、ガボン、ガンビア、ヨルダン、レバノン、リベリア、モルジブ、マリ、メキシコ、ネパール、ニジェール、ナイジェリア、パラオ、サモア、セネガル、スリランカ、スーダン、トーゴ共同提案
Isurus_oxyrinchus_by_mark_conlin2.jpg
【アオザメ(出典:Wikipedia commons)】
アオザメ分布図.jpg
【アオザメ分布域。出典:附属書掲載提案書20頁

◎ IUCNレッドリスト:絶滅危惧Ⅱ類(vulnerable) → 最新の資源評価で絶滅危惧ⅠB類(endangered)に危惧度格上げ

◎報告書要約
 本種の生産性は低いため、かつての水準から70%以上の減少が見られれば、本種は附属書Ⅱ掲載基準を満たす。
 北大西洋では50%の減少が見受けられ、今後数十年で70%以上の減少を来す可能性がある。他方本種については国際漁業管理機関のICCAT(大西洋まぐろ類保存国際委員会)により漁獲の削減措置が実施されており、これにより更なる減少に歯止めがかかる可能性がある。
 地中海でも資源量の減少が見受けられるが、どの程度減少しているかは不明である。
南大西洋、インド洋、北太平洋、南太平洋では、資源量が附属書掲載基準を満たすことを示す証拠はない。
 アオザメは確かに他のサメに比べて生産力が低いが、より多くのデータが他のサメに比べ存在する。
 以上より、現在のデータから鑑みると、この種が附属書Ⅱ掲載基準を満たすことを証明できていない。

mako shark.jpg
FAO報告書5頁に掲載されている、アオザメは「掲載基準を満たさない」にチェックが付された表。上記要約も同報告書5頁参照】



サカダザメの一種(blackchin guitarfish (Glaucostegus cemiculus), sharpnose guitarfish (Glaucostegus granulatus), and all other giant guitarfish, (Glaugostegus spp.) )附属書Ⅱ掲載提案
バングラデシュ、ベナン、ブータン、ブラジル、ブルキナファソ、カーボベルデ、チャド、コートジボワール、エジプト、EU、ガボン、ガンビア、モルジブ、マリ、モーリタニア、モナコ、ネパール、ニジェール、ナイジェリア、パラオ、セネガル、シエラレオネ、スリランカ、スーダン、シリア、トーゴ、ウクライナ共同提案
※ ワシントン条約では、その種自体は附属書Ⅱ掲載基準を満たしてはいないが、取引される形でのその種が付属書Ⅱ掲載種と類似していて執行官が区別できそうもない場合、「類似種」として当該種の附属書掲載を認めています(Conf. 9.24, Annex 2b A)。blackchin guitarfishとsharpnose guitarfish以外の掲載提案は、この類似種基準によるものです。
Rhinobatos_granulatus.jpg
【sharpnose guitarfish(出典:Wikipedia commons)。裏側がなんだか機嫌がよくない怪獣の顔のようです】
guitarfish分布図.jpg
【blackchin guitarfishとsharpnose guitarfishの分布図。出典:附属書掲載提案書4頁

◎ IUCNレッドリスト
・ blackchin guitarfish (Glaucostegus cemiculus):絶滅危惧ⅠB類(endangered)
・  sharpnose guitarfish (Glaucostegus granulatus):絶滅危惧Ⅱ類(vulnerable)

◎ 報告書要約
 Blackchin guitarfish (Glaucostegus cemiculus)とsharpnose guitarfish (Glaucostegus granulatus)はともに生産性は低~中程度である。Blackchin guitarfishは地中海北西部で資源が絶滅している。この他セネガルで当該種の長期的な資源減少があるとの証拠が存在するが、より広範囲に関する証拠はかけている。したがって当該種資源が減少している可能性があると考えらるものの、短期的もしくは長期的な規模での資源減少がこの種全般において見受けられるとの証拠に欠けている。
 このことはsharpnose guitarfish (Glaucostegus granulatus)についても当てはまる。インドのチュンナイで短期間のうちに94%の資源が減少したとの証拠があるが、種一般についての資源減少に関する証拠に欠けている。したがって当該種が減少している可能性はあると考えられるものの、短期的もしくは長期的な規模での資源減少がこの種全般において見受けられるとの証拠に欠けている。
 したがって、blackchin guitarfish及び sharpnose guitarfish双方ともに附属書掲載基準を満たか否か判断が付きかねる。地中海北西部でblackchin guitarfishは乱獲の結果資源が絶滅したが、この種全体に関する情報は存在しない。
 本専門家パネルは、当該種が附属書に掲載するか否かを締約国が検討するに際し、地中海北西部での資源が絶滅したこと、広範な地域において管理措置が存在していないこと、及び当該種のヒレが国際取引において極めて高い価値を有していることに留意することを勧告する。
 附属書掲載は地域レベルでの適正な管理を促進し、沿岸域でのサメ及びエイの漁獲に関する文書記録の改善に資すると考えられる。こうした取り組みには勿論コストがかかるが、当該サメのヒレが高い価値を有することを鑑みた場合、引き続き漁獲が弱まることなく行われ、その相当部分は違法・無報告・無規制(IUU)なかたちでなされる可能性がある。
 もし上記2種が附属書Ⅱに掲載されるならば、その他のサカダザメ(Glaucostegus spp)についても、これら2種と判別がつかないことから「類似種」としての附属書Ⅱ掲載が妥当である。

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FAO報告書35頁に掲載されている、提案されたサカダザメは「エビデンス不十分」として「その他」にチェックが付された表。上記要約も同報告書35頁参照】



ホワイトスポッテッドウェッジフィッシュ(white-spotted wedgefish, Rhynchobatus australiae)、トンガリサカタザメ(white-spotted wedgefish, Rhynchobatus djiddensis)、及びその他のシノノメサカタザメ科(Rhinidae)附属書Ⅱ掲載提案
バングラデシュ、ベナン、ブータン、ブラジル、ブルキナファソ、カーボベルデ、チャド、コートジボワール、エジプト、エチオピア、EU、フィジー、ガボン、ガンビア、インド、ヨルダン、ケニア、レバノン、モルジブ、マリ、メキシコ、モナコ、ネパール、ニジェール、ナイジェリア、パラオ、フィリピン、サウジアラビア、セネガル、セーシェル、スリランカ、スーダン、シリア、トーゴ、ウクライナ共同提案
※ ホワイトスポッテッドウェッジフィッシュとトンガリサカタザメ以外については、上記2種と類似していて見分けがつかないことに基づく掲載提案。
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【トンガリサカタザメ(出典:Wikipedia commons)】

◎ IUCNレッドリスト
・ ホワイトスポッテッドウェッジフィッシュ(white-spotted wedgefish, Rhynchobatus australiae):絶滅危惧Ⅱ類(vulnerable)
・ トンガリサカタザメ(white-spotted wedgefish, Rhynchobatus djiddensis)絶滅危惧Ⅱ類(vulnerable)

◎ 報告書要約
 ホワイトスポッテッドウェッジフィッシュとトンガリサカタザメはともに生産性は低~中程度と考えられる。当該種はインド太平洋海域に分布しているが、資源評価は存在していない。附属書掲載提案書にある生息数トレンドに関する情報は限定的で、世界的規模でこの種が附属書Ⅱ掲載基準を満たすまでに減少しているか否かを判断するに十分ではない。
 本専門家パネルは、附属書Ⅱ掲載を検討するに際し、広範な地域で管理がなされないままに漁獲が行われていること、及び国際取引でヒレが高い価値を有していることに締約国が留意することを勧告する。
 附属書掲載は地域レベルでの適正な管理を促進し、沿岸域でのサメ及びエイの漁獲に関する文書記録の改善に資すると考えられる。こうした取り組みには勿論コストがかかるが、当該サメのヒレが高い価値を有することを鑑みた場合、引き続き漁獲が弱まることなく行われ、その相当部分は違法・無報告・無規制(IUU)なかたちでなされる可能性がある。
  もし上記2種が附属書Ⅱに掲載されるならば、その他のシノノメサカタザメ科(Rhinidae)の種についても、これら2種と判別がつかないことから「類似種」としての附属書Ⅱ掲載が妥当である。

White-spotted wedgefish.jpg
FAO報告書50頁に掲載されている、ホワイトスポッテッドウェッジフィッシュとトンガリサカタザメは「エビデンス不十分」として「その他」にチェックが付された表。上記要約も同報告書50頁参照】



クロナマコ属(Holothuria)3種(Holothuria (Microthele) fuscogilva, Holothuria (Microthele) nobilis, and Holothuria (Microthele) whitmaei)附属書Ⅱ掲載提案
EU、ケニア、セネガル、セーシェル、米国共同提案
Holothuria_nobilis.jpg
【 Holothuria (Microthele) nobilis(出典:Wikipedia commons)】

◎ IUCNレッドリスト
・ Holothuria (Microthele) fuscogilva:絶滅危惧Ⅱ類(vulnerable)
・ Holothuria nobilis:絶滅危惧ⅠB類(endangered)
・ Holothuria whitmaei:絶滅危惧ⅠB類(endangered)

◎ 報告書要約
 これはクロナマコはインド太平洋の熱帯・亜熱帯海域に広く分布しており、沿岸小規模漁業者により採取され、その多くは乾燥ナマコとして売買される。分布海域全域において漁獲がナマコに対する最大の圧力となっている。
 この種は地域的な絶滅に対する回復力を有しているが、資源密度の減少が広く報告されている。顕著な資源減少が記録されており、数世紀間で当該種が地域的に絶滅したとの記録もある。当該ナマコは一定程度の適切な資源水準が保たれなければ再生産を保つことができない。乱獲された当該ナマコ資源が回復した例が幾つか存在するが資源の回復には多くの年月を要し、回復の度合いは地域によって異なる。
 これらクロナマコには高い市場価値があり沿岸零細漁業者はこれらを漁獲する能力を有しており、これはクロナマコ資源のリスク要因となる。とりわけHolothuria (Microthele) whitmaeiは浅瀬に生息することから、漁獲はとりわけリスク要因と認識される。
 現在各国における管理措置は当該資源の生産を安定させるに至っておらず、多くのインド太平洋諸国で一気に大量のクロナマコ漁獲が行われている。当該資源の生産性、その減少率、漁獲圧力、及び資源回復力等を検討に入れつつ、本専門家パネルはそれぞれのクロナマコについて附属書Ⅱ掲載基準を満たすか否かの検討を行った。
 Holothuria fuscogilvaについては、地域的に顕著な資源減少が認められるものの、現在入手可能な情報から鑑みると、附属書Ⅱ掲載基準を満たしていない。  
 Holothuria nobilisについては、現在入手可能な情報からでは附属書Ⅱ掲載基準を満たすか否か判断する情報が十分でない。しかしながら、当該種はHolothuria whitmaeiの姉妹種であり、生活史の点で多くの類似性を有する。
 Holothuria whitmaeiについては、現在入手可能な情報から鑑みると、附属書Ⅱ掲載基準を満たしている。 
 乾燥させた場合上記3種は取引の段階で見分けがつき難い可能性があることから、本3種については「類似種」としての掲載が妥当である得る

クロナマコ.jpg
FAO報告書62頁に掲載されている、Holothuria (Microthele) fuscogilvaは「掲載基準を満たさない」、Holothuria (Microthele) nobilisは「エビデンス不十分」として「その他」、Holothuria (Microthele) whitmaeiは「掲載基準を満たす」にチェックが付された表。上記要約も同報告書62頁参照】

 日本はワシントン条約海産種掲載に関して、FAO専門家パネルの結果を尊重するようこれまで一貫して主張してきました。
 したがって、アオザメについては提案に反対投票するものの、クロナマコについては提案種の一部が掲載提案を満たしており、かつ製品段階で見分けがつかない以上、賛成の立場を取ることは当然と言ってよいと思われます。また、附属書掲載基準を定めたワシントン条約締約国会議決議Conf. 9.24第2項では、「予防的アプローチ(precautionary approach)」として「当該種の保全にとって最善なように行動し、附属書IまたはIIの改正案を検討する際にはその種について予測される危険性に比例した対策を採る」ことを求めていることから、その他のサメ附属書掲載提案についても賛成の立場を取ることが強く期待されるところです。

 なお、これまでのワシントン条約締約国会議でのFAO専門家パネル、ワシントン条約事務局、IUCN/TRAFFIC、TRAFFIC単独、SSN(Species Survival Network)、及び日本の提案種に立場、並びに表決結果については以下の通りです。

FAO勧告一覧.jpg
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市民環境フォーラム「ワシントン条約会議を前に:ウナギやサメ、マグロの資源保護を考える」開催告知 [ウナギ]

 来る3月20日(水)17時半より東京千代田区内幸町・日本記者クラブで開催の「市民環境フォーラム」」で、ウナギ、サメ、マグロなどワシントン条約に関するシンポジウムを開催します。私もスピーカーというお話しますが、今回の目玉は何といってもウナギ研究若手のエース、中央大学の海部健三先生です。さらに主催者で地球環境問題の報道や数々の著作でも有名な井田徹治・共同通信編集委員からワシントン条約とゾウに関するプレゼンというさらなる目玉も予定されています。参加はこちらで受け付けています。ご関心のある方はぜひ。

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【ワシントン条約第16回締約国会議(2016年:ヨハネスブルク)本会議の模様】

なお、当日用いるパワーポイント資料は以下からダウンロードできます。
https://www.dropbox.com/s/g52zh52d5funkkr/%E3%83%AF%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3%E6%9D%A1%E7%B4%84%E3%81%A8%E6%B5%B7%E7%94%A3%E7%A8%AE%E5%8F%8A%E3%81%B3%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%AF%BE%E5%BF%9C.pptx?dl=0


 以下、開催告知文です。

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第四回 環境問題に関する市民勉強会「市民環境フォーラム:Civic Environment Forum」開催のお知らせ

 地球温暖化や生物多様性の消失、土地の劣化や森林破壊、プラスチックごみによる汚染や海洋酸性化など地球環境の破壊が進む一方、相互に関連する諸問題を的確に理解することが、どんどん難しくなる状況にあります。

 そんな中で、官製情報に偏らない最新の情報を共有し、環境問題に関する報道の質や市民による環境保護運動の効果を高めることを目指して、新たな勉強会を立ち上げました。国際環境保護団体・グリーンピースジャパンと民間団体「国際環境・開発情報研究所(IIIED:代表・共同通信社編集委員・井田徹治)」の共催です。

 各回、個別のテーマを決め、主催者側からの情報提供に加え、国内外の専門家をゲストに招いて最新の研究成果や世界の動向などを紹介して頂くという形を取ります。

 第4回は、「ワシントン条約会議を前に:ウナギやサメ、マグロの資源保護を考える」をテーマに、ウナギ研究の第一人者で、国際自然保護連合(IUCN) 種の保存委員会ウナギ属魚類専門家グループのメンバーでもある海部健三・中央大准教授、ワシントン条約の締約国会議をはじめ漁業資源管理の国際会議などに多く参加している真田康弘・早稲田大客員准教授のお二人をお招きして、ご講演を頂きます。

 5月末から6月にスリランカで開かれるワシントン条約の締約国会議を前に、日本人が広く利用している魚類に関連する最新の情報などを伺える機会です。

 原則として環境問題に関する報道関係者とNGO関係者を対象とした会ですが、この問題にご関心のある他の分野からの参加も歓迎いたします。各方面でご活躍のお忙しいゲストの話を伺うことができる貴重な機会ですので、ふるってご参加ください。

 フォーラムは、2カ月に1回程度、開催し、気候変動の国際交渉、環境金融やESG投資、漁業資源管理、生物多様性保全や外来種問題など時宜にかなったテーマで専門家をお招きする予定です。

 <CEF第4回会合>
テーマ:「ワシントン条約会議を前に:ウナギやサメ、マグロの資源保護を考える」
ゲスト:海部健三・中央大学准教授&真田康弘・早稲田大客員准教授
日時:2019年3月20日(水)17:30~(17:15開場、20:15終了予定)
場所:日本記者クラブ 大会議室
〒100−0011東京都千代田区内幸町 2-2-1 日本プレスセンタービル
※前回と場所が違いますのでご注意ください
懇親会:今回は懇親会は予定しておりません
参加費:無料 
参加のルール:ペットボトル、プラスチック製レジ袋、ストローなど使い捨てプラスチック製品を持ち込まない
参加登録:当日参加も歓迎しますが、会場の都合もあるため、事前に以下のURLより参加登録をいただければ幸いです。

https://goo.gl/forms/J38Mm6J4rJlkw0Gl1

お問い合わせ先
グリーンピースジャパン    
城野、河津
kouhou@greenpeace.org

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IWC脱退による商業捕鯨再開は脆い前提に立っていないか? [クジラ]

 日本政府は2018年12月26日、国際捕鯨委員会(International Whaling Commission: IWC)への脱退通告を行いました。この通告は2019年6月30日に効力が発生し、これ以降日本はIWCの非加盟国となります。これにより、商業捕鯨を排他的経済水域内で再開するとしています。

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【国際捕鯨委員会第67回会合(2018年)の模様】

 しかしこれには国際法上の問題があります。日本も締約国となっている国連海洋法条約第五部「排他的経済水域」の第65条で「いずれの国も、海産哺乳動物の保存のために協力するものとし、特に、鯨類については、その保存、管理及び研究のために適当な国際機関を通じて活動する」と規定されています。つまり、排他的経済水域であったとしても、「適当な国際機関を通じて活動する」法的義務が存在します。
 これに対して水産庁などは「IWC科学委員会や本委員会にオブザーバーとして出席する」ことにより「適当な国際機関を通じて活動する」の義務を満たすと判断しています。しかし通常この条項は「国連海洋法条約の締約国はクジラの管理について、適切な国際機関に参加して、あるいは適切な国際機関の定めたルールに則って活動しなければならない」と解すべきものだとの主張が当然なされ得るでしょうし、そのような解釈が自然のように思われます。従ってIWCに参加せず、またそのルールにも服せずに排他的経済水域内で商業捕鯨を実施することは国際法違反、すなわち脱法操業、IUU漁業であると批判されることになるでしょう。
 また、日本のこの政策の担当者は、IWCではオブザーバー参加があたかも未来永劫無条件であるように誤解されているようにも思われますが、そうだとしたら政策判断として大変危ういと言わざるを得ません。
 オブザーバー参加に関する規定はIWCの設立条約である国際捕鯨取締条約の本文にも、4分の3の多数で改正が可能な附表(Schedule)にもありません。この規定は議事手続規則に存在します。
 現行の議事手続規則C.1(a)項では「条約の締約国でないいかなる国及び国際機関も、委員会にオブザーバーとしてすることができる」とされており、したがって他のIWC加盟加国の意向にかかわらず、オブザーバー参加ができます。
 しかしながら、議事手続規則は改正を行うことができます。そして、議事手続規則の改正は単純過半数で足ります(議事手続規則E.3(a))。
 つまり、議事手続規則を変更し、例えば「条約の締約国ではないが、条約の下で定められた規則に従っている国に対しては協力的非加盟国としてオブザーバー参加を認める(注:つまり、それ以外はオブザーバー参加を認めない)。協力的非加盟国であるかどうかは、IWCで決定する」としてしまうと、オブザーバーからも排除されてしまうことになってしまいます。
 「たとえ非加盟国であったとしても、当該海産種を管理する国際機関のルールを守らなければならないし、そうでなければ漁獲は認められない」という一般的ルールは公海の漁業資源管理のための枠組み条約的な役割を果たしている「国連公海漁業協定」にも定められています。
 すなわち、同協定第8条4項では「小地域的若しくは地域的な漁業管理のための機関の加盟国若しくはそのような枠組みの参加国又は当該機関若しくは枠組みが定めた保存管理措置の適用に同意する国のみが、当該保存管理措置が適用される漁業資源を利用する機会を有する」と定められています。
 この条約は魚類、軟体動物、及び甲殻類が適用対象であり(条約第1条1項(c))、鯨類は適用の対象ではないため、上記条項の適用は受けませんが、「IWCでも国連公海漁業協定の趣旨を汲み、このため議事手続を改正するのだ」と改正を正当化することが可能ではないかと思われます。
 オブザーバー参加が認められず、かつIWCに代替するような「適当な国際機関」を北太平洋で設立し日本がその加盟国となっていなければ、排他的経済水域限定の商業捕鯨操業さえ、その道を断たれる可能性があります。議事手続規則を改正してオブザーバーから排除するというのは、ある意味で容易に考えつくことができる戦術をIWC加盟国が一つも思い至らないとは想像しがたいようにも思われます。したがって、「オブザーバー参加による国連海洋法条約第65条を満たす」作戦は極めて危うい前提に上に立っていると言わざるを得ないでしょう。
 

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日本のIWC脱退:外交的失敗の帰結だ【共同通信配信コラム記事】 [クジラ]

先日共同通信から配信され、地方紙各紙に掲載された日本の国際捕鯨委員会(IWC)脱退に関するコラムを転載しました。もしよろしければご参考までに。

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【2018年9月に開催された国際捕鯨委員会本会合の模様】

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視標「IWC脱退」
国際社会で信頼なくす 
 外交的失敗の帰結だ  早稲田大学客員准教授 真田康弘 

 日本政府は国際捕鯨委員会(IWC)からの脱退を表明した。これ以上IWCに留まっても商業捕鯨再開の道筋が描けないので脱退で再開を図るという。しかし脱退は南極海の調査捕鯨からの撤退を意味し、南極海での商業捕鯨再開を長く求めてきた日本にとっては、IWCでの外交的失敗の帰結であるとも言える。
 そして日本周辺での商業捕鯨の実施も容易ではない。政府は排他的経済水域(EEZ)と領海内でのみ商業捕鯨を再開するとした。だが、日本も加盟する国連海洋法条約では、鯨類の保全管理は「適当な国際機関を通じて活動」しなければならないと規定している。従って日本のEEZや領海内でも商業捕鯨を再開する場合、IWCに代わる国際機関の設立するなどの対応が必要になる可能性が高い。
 カナダはIWC非加盟だが、先住民に年数頭のホッキョククジラ捕獲を許可しており、IWCに報告書等を提出。これにより「適当な国際機関を通じて活動」したこととしている。
 日本も再開後はIWCにオブザーバーとして参加し、報告書などを提出することで上記条項を満たすと主張すると思われるが、先住民の年数頭程度の捕獲と、100頭を超えるような商業的な捕獲とは規模や意味合いが異なり、EEZや領海内であっても国際社会からの批判は免れない。国際法的にも疑義が生じる。
 日本は「国際社会における法の支配」を外交の大原則としており、この意味からも脱退は、国際社会での日本の信頼性を低めこそすれ、高めることにはなり得ない。
 IWCの設立根拠である国際捕鯨取締条約第8条は、締約国政府が「科学的研究のため」であれば独自に捕獲許可を発給できると規定しており、日本はこれまでこの条項を援用し南極海での調査捕鯨を実施してきた。だが、脱退すると、これができなくなる。
 「南極海など公海での調査捕鯨を中止し、捕鯨はEEZ内に限定する」という案は約20年前に妥協案として当時のIWC議長から提起されたことがある。これが、IWCで成立し得る数少ない妥協案だと多くの識者が指摘していた。
 IWC内部にいても得られた可能性があることを、脱退で実現したというのは外交の失敗だと言える。南極海の捕鯨から撤退し、活動を大幅に縮小するという外交的敗北を「IWCからの堂々退場」というナショナリズム的レトリックで言い換え、糊塗(こと)することは正しい姿勢とはいえない。
 日本国内での捕鯨賛成論は純粋な「捕鯨支持」というより、ナショナリズム的感情に基づく「反・反捕鯨」と言うべき部分が少なくない。脱退はそうした心情を満たすものとはなるだろう。だが、その結果、得られるものは少なく、失うものは大きい。

【「静岡新聞」2018年12月28日付・「宮崎日日新聞」2018年12月27日付等掲載】
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イワシクジラワシントン条約:ワシントン条約第70回常設委員会報告 [クジラ]

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【ワシントン条約第70回常設委員会の模様】

 この2018年10月にソチで開催されたワシントン条約常設委員会には私もオブザーバーとして出席しましたが、この委員会では日本が調査捕鯨として公海で捕獲しているイワシクジラの国内水揚げが議題となり、ワシントン条約違反と認定されました。これにより翌2019年2月1日までに日本は是正措置を条約事務局に報告し、5月よりスリランカで開催されるワシントン条約締約国会議と併せて開催される次回常設委員会で日本の是正措置を審議する予定です。
 上記ソチ開催の常設委員会のイワシクジラ問題に関する審議の模様と結果についての小論をJWCS(野生生物保全論研究会)のニューズレターに寄稿し、このほどウェブにアップされました。以下からアクセスすることができます。ご参考までに。
 
https://www.jwcs.org/data/1812_sanada.pdf
【真田康弘「イワシクジラとワシントン条約:第70 回ワシントン条約常設委員会参加報告」『JWCS通信』第85号(2018年)、2~7頁】

IMG_3767.JPG
【赤の広場】




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