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マグロ類消費世界一の責任-国際資源管理と日本の政策(『グローバルネット』寄稿) [マグロ]

 今回は地球・環境人間フォーラム発行の『グローバルネット』第324号(2017年11月)に寄稿しました日本のカツオとマグロに関する外交に関するエッセイを転載します。
 なお、掲載された原稿をPDF化したものをこの記事の最後にあるリンク先からダウンロードできるようにしました。

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【中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)第13回年次会合(2016年12月)の模様。筆者撮影】

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マグロ類消費世界一の責任-国際資源管理と日本の政策
真田康弘(早稲田大学地域・地域間研究機構 研究院客員准教授)

 日本は世界で漁獲・養殖されるまぐろの約5分の1を消費する世界最大のかつお・まぐろ類の消費国であるとされる。スーパーに行けば、我々は気軽にこれらを買うことができる。
 人には国籍があるが、魚には国籍はない。かつお・まぐろ類は日本近海のみならず他国の水域や公海にまたがって回遊する以上、資源保護の取り組みは漁獲国や沿岸国が協力して行わなければならない。このため日本沿岸を含む西太平洋については「中西部太平洋まぐろ類委員会(Western and Central Pacific Fisheries Commission: WCPFC)」という国際資源管理機関の下で保存管理が試みられている。
 このWCPFCの場で水産庁を中心に構成される日本政府代表団が以前から訴えてきたことが、カツオとメバチマグロの資源保護策の強化である。カツオについては近年日本近海に回遊する資源量が減少傾向にあり、これは熱帯域で多くのカツオを「先取り」してしまうからではないか、と日本側は訴えている。メバチマグロについても、人口集魚装置(Fish Aggregating Devices: FADs)を用いて熱帯域で巻網という巨大な網で魚を一網打尽にする漁法によって乱獲されているとして、日本側はWCPFCで資源保護策の強化を強く求めている。
 しかしこれに対して熱帯域の漁獲国は立場が大きく異なる。カツオについては、そもそも熱帯域での漁獲と日本近海での漁獲には関連性が薄く、日本近海での資源減少は日本自身による取り過ぎが原因ではないかというのがこれら諸国の意見である。また、親魚資源量も初期資源量(漁業がないと仮定したときの資源量)比で50%を超えているとされており、WCPFCでこの資源に対して設定されている「不合格ライン」の初期資源量比20%を大幅に上回っている。メバチマグロにしても、WCPFCの下に設けられている科学委員会で今年示された資源評価によると、親魚資源量は初期資源量比20%という「不合格ライン」を超えている可能性が高いとされている。
 日本側はこうした資源評価自体が楽観的だと批判している。そもそもこの資源評価はWCPFC科学委員会自体が実施するのではなく、太平洋の島嶼国やオーストラリアなどで構成される太平洋共同体(SPC)メンバーの科学者が実施し、科学委員会はこれを評価するに過ぎない。太平洋諸国等は言わば「お手盛り」の資源評価をして自分たちへの規制を強めないようにしているのではないか、との疑念を持つ日本側関係者も少なくない。
 ただ、こうした日本代表団を支持する声はWCPFCでは、環境NGOを含め、極めて少ない。日本側は自分が「被害者」の立場であるカツオやメバチでは資源保護強化を訴えておきながら、「加害者」側の立場になると文字通り意見を180度変えてきたという事実があることがその要因の一つと言えるだろう。
 まぐろ類のなかでも最も高価なクロマグロは現在初期資源量比2.6%と危機的水準にあるとされており、IUCNは絶滅危惧種指定している。この資源の大半は日本によって漁獲されている。これに対してカツオやメバチと同様、初期資源量比20%を中期回復目標と設定して資源保護を図れと米国など他の加盟国からさんざん言われてきたにも拘わらず、水産庁はこれまで頑なにこれを拒否し続けてきた。また同じWCPFC管轄魚種でもクロマグロなどの北太平洋の資源については「北太平洋まぐろ類国際科学小委員会(ISC)」という日本の科学者が多数参加するフォーラムで評価が行われてきたが、これについては運営が透明性に欠けるとの批判がWCPFC加盟国や各国の科学者・専門家からも上がっていた。カツオやメバチについては乱獲を指弾しておきながら、クロマグロになると自国の乱獲を擁護し、SPCでの資源評価は不透明性だと疑念を持ちながら、自分たちが中心とのISCについては不問に付す。立場に一貫性が見られないのである。
 筆者の専門分野でもある政治学では「ソフトパワー」という概念がある。米国の政治学者ジョセフ・ナイが名付けたものであり、強制や報酬ではなく、魅力によって望む結果を得る能力のことを指している。軍事力や経済力によって相手に何か本当はしたくないものを〝押し付ける〟のが「ハードパワー」である一方、科学的・専門的知見や主義主張等によって相手になるほどと思わせ、自分の考え方に〝引き寄せる〟のが「ソフトパワー」である。注意しなければならないのは、「ソフトパワー」とは〝押し付ける〟ではなく〝引き寄せる〟力なのであって、主張に〝引き寄せる〟ためには、その主義主張が一貫してなければならない。主張の一貫性、それこそが水産庁によるまぐろをめぐる日本の漁業資源外交にともすれば欠けてきたものである。
 これに類する問題はカツオ・マグロだけにとどまらない。例えば秋の味覚であるサンマの不漁が近年マスコミを賑わせており、これについて日本は「北太平洋漁業委員会(NPFC)」というこの魚種を管理する国際委員会で資源保護強化を訴えている。ただNPFC科学委員会は当該資源が乱獲状態に陥っていると評価しておらず、漁獲を近年急増させてきた中国、台湾など他の漁獲国の腰は重い。日本はこれに対して、たとえ資源は乱獲状態に陥っていないとしても、それ以前の段階から十分予防的な対策を講じるべきであるとNPFCで訴えている。しかし日本は中国などの漁獲急増が起こる前、サンマの資源保護に対して実際の漁獲量を上回る漁獲枠を設定するのみで、何の実効的な国内資源管理策を実施してはこなかった。ろくな資源管理を国内的にしてこなかった国がいくら保護的な資源管理を国際的に訴えても、それに耳を傾ける国がどれほどいるだろうか。
 日本は世界有数の魚の漁獲国であり消費国である。もし日本が厳格な資源管理対策を国内的にも実施して資源回復に成功すれば、それは一つの成功モデルとなるだろう。徹底した資源管理とその成功を背景に国際的にも資源保護を訴えるならば、日本の主張は〝引き寄せる力〟を有するようになるだろう。
 クロマグロについて日本はWCPFCでの各国からの強い批判に押される形で、今年ついに初期資源量比20%を中期目標とし、2034年までにこの水準まで回復させることに合意した。今後はこれに基づき、既にWCPFCで設定されている漁獲枠を遵守し、資源回復を図るため国内的な措置を着実に実行することが必要である。クロマグロの資源が低位にある限り、カツオやメバチのことをWCPFCで訴えても、「クロマグロに比べれば全然ましではないか」と太平洋諸国はクロマグロを言わば「カード」として使ってくるだろう。そうした負のカードを日本は一刻も早く捨て去らなければならない。
 WCPFCを巡るまぐろ資源外交で日本がリーダーシップを取るためには、まず最低条件として、クロマグロを可及的速やかに資源回復させなければならない。他のマグロや魚種についても同様に、徹底した資源管理を実施して世界に一つの範を示す必要があるだろう。その上で、どの交渉の場でも首尾一貫して予防的な資源管理という立場を貫くこと、それが我が国が漁業資源外交の分野での「ソフトパワー」を発揮し、国際社会において名誉ある地位を占めるための条件なのである。

https://www.dropbox.com/s/gogf3hwpeecqrqe/%E7%9C%9F%E7%94%B0%E3%80%8C%E3%81%BE%E3%81%90%E3%82%8D%E9%A1%9E%E6%B6%88%E8%B2%BB%E4%B8%96%E7%95%8C%E4%B8%80%E3%81%AE%E8%B2%AC%E4%BB%BB%E3%80%8D.pdf?dl=0
【真田康弘「マグロ類消費世界一の責任-国際資源管理と日本の政策」『グローバルネット』第324号(2017年11月)、16~17頁】





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